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第六幕 1

第六幕 1


 ロレンツォの指定してきたリュエル神殿というのは、テュルクワーズ王家の先祖が祀られている場所らしい。

テュルクワーズの王都にあるその神殿へ行くのは簡単なのだが、アドリア―ナ女王にどうやって連絡をつけるかが問題だった。

 そして心配事は他にもある。オリネラさんのこともそうだし、王城にいるお偉方との顔合わせは、はっきり言って気が引ける。

というのも、アレクたちからこんな話を聞かされたからだ。

「率直に申し上げて、リセイ様のことをよく思ってらっしゃらない方もいます」

「まあー、ポッと出の子どもがいきなり王様代行やりますって言えば、良い顔はしないだろうな」

「思惑は色々あるけどねぇ。ワタシたちリセイ様を推す者と、ロレンツォ様とオリネラ様の御子様を推す者。後者の場合、どうしたって玉座の空白期間があるわけだから、それをどうやって埋めるかという問題があるわ。一つは、リセイ様がやろうとしているみたいに、代行としてリセイ様を取り立てる方法。もう一つは一時的に王政を止めて現行の議院に行政権を委託するというもの」

「議員がいるのか? だったらわざわざ俺が出張らなくても、そっちの方が面倒が少なくて済むんじゃないか?」

「事態はそう単純でもないのじゃ。議院が行政権を持った場合、国内外にロレンツォ様の訃報が知られてしまう。そうなってしまえば、オスクロ国がどう動くものか。最悪の場合は二年前に逆戻りしてしまうかもしれぬ」

「……なるほどな。誰が王位に就くにせよ、フィアンマ国と協力関係を築いて外堀を固めることは必須なわけか」

「左様でございます。フィアンマ国との会談を行うまでは王城内に、リセイ様へ異を唱える者はいないでしょう。しかし、そこからが問題です。……リセイ様は、その、王様代行をどのように務められるおつもりですか?」

「いちおう、会談を成功させるまでロレンツォのフリをしておくつもりだ。――けど、もしも必要になったら……――最悪の場合は、ロレンツォの子どもが王位を継げるようになるまでは頑張って、続けてみよう……とは思う」

「テュルクワーズを愛する者として、あなた様のお考えに感謝申し上げます。――しかし、そうなると、どのような形であれバルタザール卿との衝突は避けられませんね」

「バルタザール? たしか、エスターとなんたら将軍ってのがその名前を言っていたな」

「バルタザール卿は、貴族院の筆頭なのじゃ。卿は王政を一時的に止め、議会でまつりごとを行おうとしておる。先日の会談失敗も、表向きは遺憾に思うて見せたじゃろうが、裏ではきっと、リセイ殿の失敗にほくそ笑んだことじゃろう。貴族院に少なからずいる、リセイ殿支持者を振り向かせる材料ができたのじゃからな」

 不安が募る話ばかりだったが、王都へ向かう馬車の足は止まらない。

 オリネラさんの城を出て二日後、俺たちはテュルクワーズの王都タン・エスパーに入った。ここからさらに北へ進んだ所にリュエル神殿がある。

 タン・エスパーはまるで森の中にあるような、なんとも不思議な街だった。民家を埋めるようにして様々な木や花が生い茂り、その合間に屋根や煙突などの人工物が見える。多くの民家は石造りで、高い位置に見える巨大な建物もレンガ色をしていた。

しかしもっとも奇妙だったのは、あふれかえる植物の季節が統一されていないことだった。俺も植物に詳しいわけではないが、清々しい萌木色の葉と、黄色や赤に色づいた紅葉は明らかに存在する季節が違う。

 商売人の活気に満ちていたフィアンマ国の王都と違い、タン・エスパーは人々の生活感が色濃く感じられるのも目を引かれたところだった。

 買い物帰りらしきご婦人方が道の端で立ち話に花を咲かせ、大通りや小道を子供たちが駆け回っている。野菜や果物を売っている店の看板が目立つのは、きっと農業で生計を立てている人が多いからだろう。

「おお、ようやく戻られましたか、リセイ様」

 王城に入った途端、皮肉たっぷりにそう迎えてくれたのは俺より頭一つ分高い、がっしりした体格の男だった。顔の中央に陣取る鼻は、小鼻が左右にしっかり広がっていて、鼻筋も正目からでさえ凹凸がはっきり分かるほどしっかりしている。

「バルタザール卿じゃ」

 イザベルが俺の耳に口を寄せて教えてくれた。

 余談だが、オリネラさんとのあの出来事以来、俺の女嫌いも多少は融通がきくようになっていた。

「お久しぶりです、バルタザール卿」

 最初に対面した記憶が曖昧であることは、わざとらしい笑顔でごまかす。

 父親の死に憔悴していた俺は療養のため、オリネラさんの城に行った、ということになっていたらしく、俺の記憶が失われたことは妃候補たちとアレク、エスターの他には知らせていない。

なぜ、療養先がよりにもよって、オリネラさんのところだったのか。アレクに訊ねると「オリネラ様から直接、ご招待の手紙をいただいたのです」とのことだった。

……そのときからオリネラさんは、俺の体にロレンツォの魂を入れようと画策していたのだろうか?

 彼女の名誉のため、あの夜の出来事は誰にも話していないが、色々と事が片付いたら、面と向かって話をしなければならないだろう。

「体の調子はもうよろしいのですか? アルフレード将軍から卒倒されたと聞きましたが?」

「ご迷惑おかけしましたが、もう大丈夫です」

「それは良かった。さっそくですが、フィアンマ国との会談についてお話し願えますかな? ミゴール卿から事のあらましは伺っておりますが、やはり直接やり取りを知りたいのです」

「分かりました」

 テュルクワーズの王城はこれまで見た二つの城とは様相が異なっていた。

 城というよりは西洋の大聖堂を彷彿とさせる造りになっており、無駄に高い天井と、それを支えるいくつもの円柱。壁に並ぶ窓は床から天井にまで届くほど細長く、明かり取りとしての役割を遺憾なく発揮している。

 バルタザールに会談での出来事を包み隠さず話したあと、彼にもフィアンマ国の兄王子の失踪について何か知らないか訊いてみた。

「残念ですが、知りませんな」

 組んだ両手に顎を乗せて、ギリシャ彫刻みたいに厳つい表情で答える。

「しかし、どうされるおつもりですか? 今までにもましてオスクロの不穏な動きについての話が耳に入ります。なんでも、水氷の言霊術を扱える者を募っているとか。……その事件の真相を誰も知らぬ以上、フィアンマ国が再び会談に応じてくれるとは思えませんが?」

「それについては別に方法を考えています」

 アレクを始め、信頼のおける文官たちと、どうやってフィアンマ国に誘いをかけるべきかは煮詰めていた。

「バルタザール卿も知っていると思いますが、自分はフィアンマ国からの帰りに、同国内で何者かの襲撃を受けました。それについて、女王に責を問うつもりです」

「向こうが知らぬ存ぜぬ、と一蹴した場合はどうするのですか?」

「襲撃者の正体を確かめる調査を行っていただけないのであれば、それはフィアンマ国に後ろ暗いところがあるという疑念になりかねません。お会いした限り、アドリア―ナ女王は大変聡い方のようです。無下に断られることはないでしょう」

 というのがアレクたち、俺の味方をしてくれるブレーンズの見解だ。

「……安心いたしました。今回のことで、もしやリセイ様の意気地が挫かれたのではないかと懸念しておりましたが、あなた様は強靭な精神と明達な思考を併せ持っておられるようだ。さすがはロレンツォ様の弟君ですな」

「恐縮です」

 バルタザールへの報告を終えた俺はその足で、エスターのいる医務室へ向かった。

 エスター本人は、傷はもう殆ど回復しているのだからこれ以上軍人としての務めを怠るわけにはいかないと主張したが、周囲がそれを許さなかった。念のため一日は医者の目の届く所で安静にしているよう、俺や妃候補たちから言われ、ようやく「分かりました……」と苦渋の決断をしたのだ。

 換気でもしているのか、医務室のドアは開きっぱなしだった。王城内とはいえ無用心だなと思いながら部屋へ入り、カーテンで遮られた四区画のうち右奥へ行く。

「エスター、具合はどう――って、うわっ! 悪い!」

 ベッドの前へ立った瞬間、地面にまきびしでも巻かれていたかのように俺は飛び上がった。慌ててエスターの見えない位置まで移動する。エスターはちょうど、首もとから腹までを覆っていた包帯を取っているところだったのだ。

 ――ちょっと待て! なんで男同士なのに、それだけのことでこんなに焦ってんだ俺はっ!?

「んん?」

 自己ツッコミをすると同時に引っ掛かりを覚えた。その原因は何だろうと思いながら瞬前の映像を反芻する。

「……分かった! エスター、お前、変わった胸筋してるな! って、そんなわけねぇだろぉおおおっ!!」

 対面した現実に、俺の事実認識力が追い付いた瞬間だった。あまりに予想外のことすぎて、普通なら直感レベルで分かるものを、なかなか受け入れられなかったのだ。

 解かれた包帯の下……拳大の丸い塊が二つ――しかも柔らかそう……線の顕わになった細い体つき……なにより、俺を見たときの真っ赤に染まったエスターの顔……!

「本当に! すいませんでしたっ!!」

 セクハラで訴えられる前に逃げるしかない!

 頭を下げたままなめらかに横へ移動したとき、「リセイ様!」とエスターが俺を呼び止めた。

「申し訳ありません……もう大丈夫ですから、こっちへ来てくれませんか……?」

 恐々カーテンの隙間から窺えば、エスターは紺色のスエットを着てくれていた。立ち上がろうとしたので、「そのままでいいから」と制止する。

「驚かせてしまってすみません」

「いや、こちらこそ……その、こんなこと聞くのも失礼かもしれないが、エスターは女性……なんですか?」

「性別の分類としてはそうです。すみません……。隠すつもりはなかったんですが、リセイ様は女性が苦手だと聞いて、それならわざわざ自分から釈明しない方がいいのかも、と……。それに自分は軍属でありますので、男として扱われるのには慣れています。リセイ様も、妃候補だからといって特別に自分を女扱いしなくても、今まで通りで結構ですよ」

「そっか、女の人が兵士をやるのには、やっぱり色々大変なんだな……ん? 今、なんか妃候補とか不穏な単語が聞えた気がしたけど……?」

 首を捻ると、エスターの顔が深紅で上塗りされた。

「あっ、そ、それは思い出されていなかったんですね……!」

 エスターは両手で顔を覆って熱を隠す。「失敗した……」とか呻く声が聞えた。

その仕草から、俺はようやく先ほど彼――いや、彼女が言った意味を理解した。

「んうぉっ! エ、エスター、さんも、妃候補なんですねっ!?」

 息を呑み損ねてゴリラみたいな唸り声が出てしまった。その恥ずかしさと思わぬ真実の連続にショートした脳内で感情と理性が交錯した結果、星でも飛ばしそうな軽快な口調になる。

「そういえば、最初の自己紹介のときに四番目だけ飛んでたな! あれが君かあ!」

「そうです……」

 両手に顔を埋めたままエスターが答える。深緑色の髪から覗く耳まで真っ赤だ。

 かくいう俺も、全身の汗腺という汗腺から冷や汗が出ているのが自分でも分かった。

「いや、俺はてっきり、名前からエスターは男なんだなって決めつけちゃってたよ! 言われてみればその華奢な体つきはどうみても女性だよな! でも、こんな可愛らしい人が妃候補だなんて、普通の人なら手放しで喜ぶと思うなっ!」

「……え?」

「え?」

 思わず顔を上げたエスターと、自分の発言を再考した俺の視線がぶつかる。

「……ッッ!!」

 目があった瞬間、同時に赤面して視線を逸らした。普段なら、思春期の男女か! 甘酸っぱい片思いか! みたいな解釈不明のツッコミをするのだが、絶賛混乱中の俺はそれどころではない。

 うわうわうわ何言っちゃってんの俺ナチュラルに可愛いとかお前が言っても寒いだけだぞというかなんでそんなことを普通に言えるんだよもしかして俺はずっとエスターのことをそう思って――てそんなことあってたまるか! だいたいエスターさんもなんで赤くなったりするんだよまるで俺のことが――いやいやいや何思ってんだ俺よ落ち着けよまずは落ち着けよ!

 一息吐く暇もない思考の奔流の末、俺はようやく落ち着くという最善策を見出した。

そうだ、まずは落ち着こう! 俺も、エスターも!

「――エステルです……」

 同じく、羞恥の渦から脱却したらしきエスターが蚊の鳴くような声で言った。

「自分の――私の本名はエステル・ノルデンシェルドです。武官として生涯この身を国と民のために捧げると誓ったときに、名をエスターと改めたんです」

 告白するうちに彼女の口調には平静が戻り、顔からも熱が引いていく。

「だから私は、他の方たちとは違います。軍人として生き抜くために、リセイ様を利用したんです」

「利用?」

「はい。……私の家は名のある将軍を輩出してきた武家なのです。だからなのか、私は幼い頃から軍人として武功をたてるんだと夢見ていました。家族の反対を押し切り、十二の時に士官学校へ入りました。……分かっていたことですが、軍属というのは男尊女卑な風潮があります。腕力のあまり関係ない術師であればまた違ったのでしょうが、私には言霊術の才はなく、歩兵として訓練を重ねました。それでも、士官学校時代は差別や蔑視などあまり感じませんでした。状況が変わったのは学校を卒業し、軍属の一兵となったときです。先ほど言いましたように、私の家は武家一族ですから多くの兵士から求婚や見合いを申し込まれました」

 モテモテじゃねーか!

そう思ったのが顔に出たのだろう。エステルは俺を見て微苦笑した。

「形は求婚ですが、その思惑は別です。つまり、私を軍から排除したかったです。家名のある女兵士など扱いにくくてしょうがなかったのでしょう。

 それでも、私は軍人を辞めようとは思いませんでした。……なぜなのか、自分でも分かりません。家族には散々辞職を薦められ、父には泣かれてしまいましたが、辞める気にはなれなかったのです。そんな私を見かねたからなのでしょう。ロレンツォ様が私に声をかけてくださいました。リセイ様のお妃候補として私を取り立てるという話でした。そうすれば、私に求婚や見合いを申し込んでくる人はいなくなるだろう、と。そのとき初めて私は、ロレンツォ様に弟君がいらっしゃることを知りました。当時すでに妃候補としてイザベル様やラインハルト姉妹がいらっしゃいましたが、そのときはリセイ様の妃候補ではなく側室と呼んでいたのです。みんな、ロレンツォ様の側室として彼女たちを認識していました。真実を知っていたのは当人たちだけです。

 リセイ様が戻って来られるか分からない身の上であることを聞いた上で、私はロレンツォ様の話を受けさせていただくことにしました。――軍人としていつどこで果てるともしれない身なら、夫など生涯持たないほうがいいと思っていたのです」

 長い話を終えたエステルの両目には、本来の颯爽とした光が宿っていた。だが、黒いその瞳の奥に、どこか空虚な――諦観にも似た色が見えたように思ったのは、俺の気のせいだろうか?

「私がリセイ様の妃候補であるなんて、おこがましいと分かっています。お望みであれば、今すぐにでも妃候補を辞退いたします」

 身勝手だが、俺はエステルのその言い分に腹が立った。

「――エステルはどう思っているんだ?」

「え、わ、私ですか……? 私は、その……リセイ様のことは、素敵な殿方だと、思ってます……」

「……!?」

 五分前の赤面エステルに戻った彼女に、俺も釣られて赤面しながら自分の訊き方を後悔した。

「いや、あの……それは嬉しいんだけど、そうじゃなくて。好きとか嫌いとか抜きにして、自分が好きなことを続けるために、エステルはどうしたいと思っているんだ? 妃候補でいた方が、エステルとしては都合がいいんだろ?」

「それは……もちろん、そうですが……。しかし、私ではいかにも身分が釣り合いません」

「身分とか、そんなこというなら俺はただの高校生で、とても王様になれるような器じゃない。とにかく、俺はエステルさえ良ければ、このまま妃候補でいてもらいたいと思ってる」

「ありがとう……ございます」

「それと、ごめんな。俺のせいでこんな大火傷してしまって」

「いえ、主を守ることは軍人の務めですから。あなた様に怪我がなくて何よりです。重ねて、私を助けてくださったことにもお礼を申し上げます。本当に、ありがとうございます」

 ベッドに座ったまま、エステルは長座体前屈でもするように深々と頭を下げた。

「気にすることないって。お互い様だろ」

「……その腕輪――」

 頭を下げた拍子に、俺の左腕が目に入ったらしい。ほんのり赤みを差していたエステルの頬から一気に血の気が引いた。

「私のせいで……!? 何か、おかしなところなどありませんか? 体の調子が悪いとか、疲れやすくなっているとか!?」

「別に、違和感とかはないな」

 エステルが俺の腕輪を気懸りに思っている様子だったので、俺は右腕を胸の前まで持ってきて銀のそれを改めてまじまじと見た。レプリカは俺の腕には少し大きくて違和感があったが、サイズは全く同じはずのこれは、まるで俺の腕にあつらえたかのようにピッタリとはまっている。心配事といえば、シルバーの腕輪が俺なんかに似合うのか? ということくらいだ。

「似合ってるか、これ?」

 エステルに確認してみる。彼女は俺と腕輪を交互に見たあと、泣き笑いのような顔で肯定してくれた。

「――ええ、とても」

 その後、飲み物を取りに言っていたという医者が戻って来るのと入れ違いに、俺は医務室を出た。

 誰かに俺の居場所を聞いたのか、医務室の外に立っていたアレクに王城の一室へと案内される。

「今日からはここをお使いください」

「一つ下の階にはお妃候補の皆さまのお部屋があります。私は別棟におりますので、御用がありましたら近くの者にお申しつけください」

「妃候補たちの情報はいらなかったかな」

 そう言えば、アレクは苦笑しながら部屋を出て行った。

「……しっかし、無駄に豪華だなぁ」

 部屋の壁は一面が窓になっており、そこから城下街と裾を広げる畑、地平線まで一望できる。なぜか枕が二つ並べてあるベッドの上には、丸く加工した枝が幾つも重なった意図の分からないオブジェが飾られていた。

 部屋には陶と木材を組み合わせて作られた机と椅子があり、夕食までの間に、俺はそこに座ってアドリア―ナ女王へ宛てる手紙の草案を書いた。明日、俺のブレーンズに見せて不備を訂正してもらおうと思ったのだ。

 ところが翌日の朝、アドリア―ナ女王からの手紙を携えた使者が王城にやって来た。

 女王からの手紙には、襲撃者の調査について協力を惜しまないということと、国境まで警護の兵士をつけなかったことへのお詫び、文末に控えめながら嘘をついて会談を行おうとしたことへの非難が記されていた。

 使者が返事を持って帰るというので、アレクたちを招集して急いで返事を書く。その日の昼に仕上がった手紙を持って、三人の使者たちは自国へトンボ返りして行った。

「日にちを見る限り、アドリア―ナ女王は襲撃を知った直後に使者を遣わされたのでしょう」

 アレクさんの言う通り、女王は襲撃事件についてかなり慎重に取り扱っているらしかった。

 返事を出してから一週間後、驚異的な早さで手紙が返ってきたのだ。

 女王からの手紙には調査報告も記載されていて、調査の結果、当日のあの時間、周辺にフィアンマ国の兵士はいなかったという。

 身の潔白を主張するフィアンマ国に、『手紙のやりとりだけでは不十分なこともありますから、一度面と向かって話し合いませんか』と誘いかけた。アレクたちはそれでオーケーを出したが、使者に手紙が渡る寸前、俺は誰にも見られないように文を付け加えた。

『先日の非礼は充分承知しておりますが、今度こそ、十二年前のリビトール・ドラゴネッティ王子の行方不明の件について、真実をお話ししたいと思います。そのためにも、一度テュルクワーズの王城へ来ていただけないでしょうか』

 今度は返事が来るまでに十日間かかった。

『十四日後のアウスト・ルプールの日に、貴国の王城で直接お話しいたしましょう』



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