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第四幕 1

第四幕 1


 テュルクワーズ、フィアンマ、オスクロの三国はちょうど三角形を作るような位置取りとなっており、南東にはフィアンマ国、南西にはオスクロ国がある。火精霊の恩恵の下に建国されたフィアンマ国との間には広大な湿原地帯があり、馬車では進めないため、俺たちはかなり迂回してフィアンマ国へ入った。

 テュルクワーズとの境に湿原がある一方で、フィアンマ国は南へ下れば下るほど気温が高くなり、湿度は下がっていく。南端には浩々たる砂漠が広がっており、それが他国からの侵攻を妨げる天然の防壁なんだとか。

 旅程の詳しい説明は省くが、直線距離にして二日の距離を湿原やら入国審査やらに阻まれて六日間かけて行くはめになった。

「インドみたいな所だな」

 六日目の夕方。俺たちはようやくフィアンマ国の王都キールバグに到着した。小窓にかけられた布の隙間から、都やそこに住む人々の様子を窺う。

 薄い茶色とはいえ、色付き眼鏡のせいで最初は色の判別がしにくかったが、慣れると案外元の色が分かるようになっていた。

 道を行き交う人々の肌は浅黒く、日差しを遮るために丈の長い衣服を身に纏っている。

 小窓から見える範囲は狭く、街並みまでは分からないが道の端には屋台や商店の軒先が競い合うように並び、それらの合間には敷いた布の上に人が座り込んでいた。

 限られた視界の中に、半球状の屋根をした建物が見えるのもインドっぽさを助長している原因だろう。

「このフィアンマ国は鉱物によって栄えた国なのでございます」

 対面に座っていたアレクが解説してくれた。ちなみに、護衛の隊長を務めるエスターは御者台で馬を操りつつ、馬車を襲う不届き者がいないか見張っている。

「王都から北東に進みますと、宝石や鉱石など種々様々な鉱物の採れる山がありまして、そこで採掘された鉱物を加工、販売する職人が各地から集まってくるのであります」

 となれば、地面に座り込んでいたのは商売人なんだろう。見直せば広げた布の上には石や装飾品と思しき小物が並べられていた。

「会談相手のアドリア―ナ女王っていうのは、どんな人なんだ?」

「アドリア―ナ様は、三年前にフィアンマ国の女王になられた御方でございます」

「三年前? なら、どうして今になって会談をすることにしたんだ?」

「――今から十二年前、アドリア―ナ様のお父上の時代に我がテュルクワーズとフィアンマ国はある事件をきっかけにそれまでの協力関係を廃するに至ったのであります。フィアンマ国の協力が無くなった途端、今までにも増してオスクロ国の攻勢が激しくなり、当時玉座を継がれたばかりのロレンツォ様は応答の無いフィアンマ国との関係修復を諦め、単独での抵抗に尽力されました」

 話すアレクの表情は、普段からは想像もできないほど淡々としていた。その無表情からは当時を思い出して感傷に浸っている様子は微塵も感じられない。

 俺の視線から隠すように、アレクは眼鏡の位置を正して顔を僅かに俯けた。

「戦乱の世は十年間続きました。その間、フィアンマ国は敵にも味方にもならず、中立の立場を貫いていたのです。戦乱の終わる一年前、フィアンマ国の王はアドリア―ナ・ドラゴネッティ様へ王位継承され、当時は両国の関係回復へ期待が寄せられました。しかし、フィアンマ国側からの応答はやはり無く、三ヶ月前までこちらからの協和の申し込みには黙殺を続けていたのであります」

「どうして急に、会談に応じる気になったんだ?」

「分かりません。一つにはオスクロ国の脅威もあるのでしょうが……」

 アレクは緩やかに首を左右に振った。拍子に長い銀髪が揺れて、眼鏡を吊る鎖が音をたてる。

「十二年前の、両国の関係を悪くした事件ってのはなんだ?」

「実は、アドリア―ナ様にはお兄様がいらっしゃいました。本来であればその御方が次期フィアンマ国の王となるはずだったのです。……しかし、その御方は十二年前にテュルクワーズを訪れた際に忽然と行方不明になられてしまい……今なお、発見されておりません……」

 なるほど。自国の王子が隣国で行方不明になったとなれば、協和関係が崩れるのも無理はない。というか、よく争いにならなかったな。

「事件がテュルクワーズで起きたなら、当然捜査とかしたんだろ?」

 フィアンマ国の圧力だってあっただろうし。

「勿論、行いました。……オスクロからの防衛に兵を割いていましたが、当時できる最大限の捜索を行いました……」

 その兄王子が三カ月前に奇跡的に帰還していて、フィアンマ国が会談に応じる気になったとかだったら、話が簡単に進みそうで助かるんだけどなぁ。



 確か、モスクとか言ったと思う。

 何のための建物か知らないが、全体的に石造りで、ドーム型の屋根が特徴的な東南アジア辺りにある建物のことだ。

 それに良く似た建物が、目の前にどっしりと構えていた。

 外観は白磁のように白く、見事なまでの左右対称。中央のドームを起点に雲にまで届きそうな高い尖塔が左右に一つずつそびえ、外と内に二重の外壁が連なっている。

「でか……」

「わがテュルクワーズの王城も劣りません」

 妙なところで対抗意識を発揮するアレクの言葉に、俺は内心で辟易した。

 王の住まいだから見栄えが必要なのも分かるが、でかけりゃいいってもんでもないだろう。俺なら、コンパスと地図がなければ迷いそうな家になんて住みたくない。

 大通りから直結している城の門を潜り、無駄に広い中庭を抜け、第二の外壁を通過した所でようやく馬車が停止した。

「ロレンツォ様、到着いたしました」

 外から聞こえたエスターの声に、今更ながら自分がここでは〝ロレンツォ〟であること思い出した。

 放り投げていた上着に袖を通し、外から扉が開けられるのを待つ。

「ご苦労様でした」

 上着に連なる、身に覚えのない勲章をじゃらじゃらと揺らしながら梯子を使って降りる。

「お逢いしたかったですわ、我が君」

 周りを見渡す暇もなく、細い腕が俺に巻きついた。同時に視界の端が金に彩られる。

 仰け反ろうとして、忌まわしい記憶を思い出した俺は寸での所でみっともない悲鳴を上げるのを堪えた。

「ヴィ、ヴィリオーネ?」

「事情は全て聞きましたわ、〝ロレンツォ様〟」

 耳元でそう囁くと、ヴィリオーネは背中に回していた腕を解いてくれた。

「先行、ご苦労だったな。ヴィリオーネ」

 白ウサギみたいなヴィリオーネの赤い両目を見据えて、俺は精一杯王様らしく振舞った。

「いえ、アナタのためですもの。これくらい、なんでもありませんわ」

 これまで聞いた話から判断すると、フィアンマ国がテュルクワーズへ抱く思いは決して友好的なものではないだろう。現に、俺たちを囲むフィアンマ国の兵士の様子は、手放しで歓迎しているというものからは程遠い。もしも相手に敵意があれば、たった四人の共しか連れていなかったヴィリオーネの身に何が起こっても不思議ではなかった。

「陛下」

 一瞬、誰のことかと思ってアレクを見返すのが遅れた。

「ドラゴネッティ国王へ御挨拶に参りましょう」

「分かった」

 エスター率いる兵士たちとはここでお別れらしく、あとについて来たのはアレクとヴィリオーネだけだった。

「私はレンナルトと申します。僭越ながら、謁見室までご案内させていただきます」

 フィアンマ国の文官らしき中年男のレンナルトを先頭に、アレク、俺、ヴィリオーネと並んで城内へ入る。

 外の熱気が嘘のように、城内はひんやりとしていた。入ってすぐ、普通の建物でいうところの玄関ホールにあたる空間があったのだが、その広さは舞踏会でも開けそうなほどのものだった。褐色の石造りのホールを直進する道は象すら通れそうなほど幅広く、靴を履いたままなのが申し訳なるほど柔らかく高級そうな絨毯が数百メートル先まで延々と続いている。

 その道の途中には階段が三つあり、それぞれ、登りきるごとに左右に道が分かれていた。それらの道は巨大なホールの壁にある出入り口に繋がっており、その先は恐らく、城内の各箇所へ繋がる廊下がアリの巣のように広がっているのだろう。

 ホールを直進し、アーチ形の扉を潜り、さらに五十メートルほど歩いた頃、ようやく案内役の男は足を止めた。

「こちらで、アドリア―ナ女王陛下がお待ちでございます」

 レンガ色の巨大な扉の両脇には、槍を斜めに交差させて進行を阻む兵士が二人、ガーゴイル像のごとき厳めしい顔をして立っていた。

 素材は金属か石か、レンガ色の扉が内側から引かれて重々しく開き、全開したところで兵士が槍を引いて通れるようになる。

 とにかく堂々としていようと心に決め、俺は二人の共を連れて謁見室に入った。

 謁見室の広さは体育館並だった。天井も馬鹿みたいに高く、この中で歌えば音がよく響きそうだ。天井には透明なガラスらしき部分があり、天然の明かりを取り込むことによって室内の明るさが保たれている。

 部屋には壁に背中をつけるようにして直立している兵士が十数人立っており、彼らの中央には赤い絨毯が一直線に敷かれていた。その先で椅子に腰かけている人影がこの国の女王、アドリアーナ・ドラゴネッティだろう。

 顔を俯けそうになるのを堪えながら、絨毯の端まで歩く。

「ロレンツォ・デ・パブロ様、遠路はるばるよくいらっしゃいました」

 正面に座していた人物が、ゆったりと立ち上がって会釈した。

まず目を引いたのは彼女の身に付ける、異国情緒あふれるカラフルで華美な装飾の施された衣装だった。レースのように透ける布を頭から被り、そこから垂れる飾りや、首飾り、腕輪、衣服の端々に縫い付けられた模様は全て、涙の形を掛け合わせたようなデザインをしていて、彩る色の種類も赤、白、黄と統一されている。耳たぶを伸ばす気かと思うほどデカイ耳飾りだけは黄金色の金物で、衣装の隙間から爪先だけを覗かせる靴も金色だった。

年は俺と同じぐらいか、少し上といったところだろう。他の者たち同様、女王の肌も浅黒く、すみれ色の瞳をしていた。腰まである長い黒髪は、墨で描いたような不思議な質感をしている。

「アドリアーナ女王もお変わりなくご健勝なようで、喜ばしく思います」

 相手の口調からも、上品に口角を上げる相好からも好意を感じられる。こちらも笑顔で応対しながら、俺は進められるまま、女王の前に置かれていた椅子に腰かけた。続いて着席した女王の椅子が磨かれた茶色の木椅子なのに対し、俺の椅子は全体に彫刻が施されており、邪魔にならない程度の宝石で装飾されている。

 少しの間、俺の顔を見つめていた女王が「その眼鏡はどうされたのですか?」と問いかけてきた。

「気分転換です」

 あらかじめ用意していたロレンツォらしい答えを公然と告げる。

「相変わらずのようですね。奔放なあなたのこと、臣下の気苦労がうかがえますわ」

 そう言って微苦笑する女王。

 何と返せばいいのか、迷っているうちに言葉を返すタイミングを逸し、自然と無言が俺の返事になった。なんとなく、ロレンツォなら「そんなことないだろ、なぁお前ら」とアレクとヴィリオーネに同意を求める気がしたが、いくらあの男でも他国の王の前でそこまで粗野な振る舞いをするのか、実際に会ったことのない俺には判断がつかない。

「予定していた会談まではあと二日あります。それまで、どうかゆるりとお寛ぎください。必要はものがありましたら取り揃えさせますゆえ、このレンナルトへ申し付けください」

「お心遣い感謝いたします」

 礼を告げれば、アドリアーナ女王は穏やかな笑みで会釈した。

「レンナルト、お客人を部屋まで案内なさい」

「畏まりました」

 俺たちを案内した中年男が胸の前で手を組んで、恐縮したように深々と頭を下げる。

「こちらでございます」

 レンナルトの言葉を合図に椅子から立ち上がる。踵を返す前に、右腕は後ろへ、左手を胸の中央に当てて女王へ頭を下げた。事前に教わっておいた、テュルクワーズの王族式の礼だ。

「それではアドリアーナ女王、御前、失礼いたします」

 笑顔を保ちすぎて、いい加減顔の筋肉がひきつりそうだ。

 笑顔が不自然でなかったことを祈りながら、退室の挨拶をしたアレクとヴィリオーネを率いて、俺は謁見室から出た。


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