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第三幕 5

第三幕 5


 三日後、いよいよ会談のためフィアンマ国へ向けて旅立つ日となった。

 妃候補たちとは、あの夜の出来事はなかったかのように接していたが、やはりお互いに違和感が拭いきれなかったのだろう。俺を見送る彼女たちの様子は寂しがっていたが、ついて来ようとはしなかった。

「それじゃ、行ってくる」

 乗り込んだ馬車の小窓から、見送りに来てくれた妃候補たちに別れを告げる。

「リセイさま、はやくかえってきてくださいっ」

 これが馬車の外なら、ライライは性懲りもなく抱き着いてこようとしただろう。だが、被我の間には馬車という強固な壁がある。その安心感からか、俺は柄にもなく「ああ、できるだけ早く帰る」なんて少女に返した。

「……待って、る」

「必ず、無事で帰ってくるのじゃぞ」

「別に戦いに行くわけじゃないんだから……」

 いつもの無表情で控えめに手を振るドミニカと、冗談めかした真剣な表情で俺を見つめるイザベルに、呆れたような軽口で返しつつも「心配してくれて、ありがとう」と礼を言う。

「御三方、馬車が動きますので離れてください」

 衛兵に促されて、彼女たちは馬車から離れた。

「開門っ!」

 命令を受けて、城と森とを遮る鉄製の扉が重々しい音をたてて左右に開いていく。

 灰色の扉が開くにつれ、黒と緑の入り混じった森の濃い気配がその隙間から滲み出てきた。

「リセイさまぁ、いってらっしゃーいっ!」

 ライライが飛び跳ねるようにして大きく両手を振っていた。隣に立つドミニカとイザベルは上品に片手を振っている。

 馬がいななき、先頭を行く馬車が前進を始めた。俺の乗る馬車も、御者が馬にはっぱをかけて前進を促している。いよいよ、外の世界へ向けて出発だ。

 俺は顔の代わりに、小窓から腕を突き出した。小さい窓は上半身を出せるだけの広さがない。

「いってきます!」

 女に見送られて大声で挨拶をしたのはこれが初めてだった。しかもそれが不快じゃないなんて、外の世界へと逸る気持ちが、高揚感でごまかしてくれているんだろうか?

 座席に戻ると、対面に座るエスターが「いよいよですね」と、なぞるように俺を見つめながら言った。

 会談に向かうのは俺とアレク、王都から派遣された文官三人に、エスター率いる二小隊の合計二十人だった。王様――代行だけど――を護衛するにしては兵士の数が少ないらしいが、かといってあまり大勢を連れて行けばフィアンマ国を警戒しています、と言っていることになるため、選りすぐりの兵士十五人に落ち着いたらしい。

 馬車の中には車体の前後にエンジ色の座席が設置されており、俺の向かいにはエスターと、長身を窮屈そうに折り畳んでいるアレクがいた。

「見た目はそっくりですから、きっと上手くいくでしょう」

「まあ、ロレンツォはこんな眼鏡なんてかけてなかっただろうけどな」

 カラーコンタクトなんて便利なものがあるはずもなく、俺は瞳の色をごまかすために薄茶色のサングラスをかけていた。薄茶色に染まった世界に慣れるのには、もう少し時間がかかりそうだ。

「いえ、あの方はたまに仮面を着けておられましたよ」

 そう発言したのはアレクだった。

「仮面? なんのために?」

「あ、その……人目を忍んで城から抜け出すときに……しかし、そういうのは本当に、ごくたまにでして、戯れに着けておられることが殆どでした」

「戯れに仮面着けるって、どーいう王様だよ……」

 果たして、戯れに仮面を着けて城を抜け出したロレンツォは何をしていたのか。知りたくもないのに、脳が勝手に推測を進めそうだったので、意識を左腕の違和感に向けた。

 腕時計が付く位置に、銀色の腕輪がはまっている。

 常にロレンツォが身に付けていたという呪いの腕輪――ではない。良くできているが、それのレプリカだった。腕利きの彫金師に作らせたというその一品は、見た目では本物と区別がつかないほど完璧に仕上がっている。銀色の金属板に施された流線型の装飾もスキャンしたように精巧に作られており、汚し加工もされているためますます真偽の見分けが難しかった。製作者自身も、並んでいれば本物と贋作の見分けがつかないと豪語していたらしいので、どんな目利きであろうと判別は難しいだろう。一見での判別など、それこそ神でもなければ不可能だ。

「腕輪がどうかされましたか?」

「いや……」

 本物に合わせて作られた腕輪は俺の手首には少し大きく、常に違和感を生み出していた。

 だが、ロレンツォのフリをすると決めたからには、この腕輪を外すわけにはいかない。

「けど、なんでわざわざ偽物を作ったんだ? 呪いの腕輪って言っても、死ぬまで外れないだけで害はないんだろ?」

 とはいえ、王様のフリに俺の左腕の一生を捧げるつもりもないが。

「――あの腕輪は精霊の恩恵がなくとも、高度な言霊術を扱えるようになるのですが、その代わりに装着者の魂を消耗させてしまうのです」

「魂の消耗?」

「簡単に言いますと、とても疲れるといったところでしょうか。あなた様やロレンツォ様のように、魂の大きさが人並み外れていれば、それほど問題になるようなものでないと思いますが」

「呪いって、それだけか?」

「はい。ですが、常人が使えば寿命を縮めてしまうことさえあります。ですから、わたくしはリセイ様にあの腕輪を着けて欲しくなかったのです」

 安心してくれ。そんな話を聞かされた以上、本物の腕輪を着けようなんて気は間違っても起こらないさ。

 城に置いていくわけにもいかないらしく、いちおう本物の腕輪も持ってきているが、その出番はきっとないだろう。

「――リセイ様は」

 ガタガタと、それまで少し下り気味に動いていた馬車が水平に戻った。

「会談が終わったあとは、どうされるつもりなのですか?」

「そうだな、まずは元の世界へ帰る方法を探すかな」

 テュルクワーズ国内の治安は良さそうなので、顔を隠して適当に放浪するだろう。会談が成功したなら、褒美として幾らか金銭を貰ってもバチは当たるまい。

「その方法が見つからなかったら?」

「……あんまり変わらないかな。気ままに、この世界を旅して回るさ」

 父さんに会えないのは寂しいし、料理や家事などできない人なのでまともに生活していけるか心配だが、あれで意外と生命力はあるのでなんとかなるだろう。

 対面で沈黙に沈む二人には気づかないフリをして、俺は独り言のように続けた。

「この世界の誰も、俺を知らない。なら、俺が何をしようと咎められることはないだろう」

――例えば、押しつけられた王様という役割を放棄したとしても。


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