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第一幕

第一幕


 あれ、眼鏡がない。

 目を覚ました俺は習慣的に手探りで頭上をまさぐったが、いつもベッドヘッドに置いている眼鏡が見つからなかった。

 起き上がって探そうかと身を起こしたとき、違和感を覚える。

「……ん?」

 すのこベッドに布団を敷いただけの寝床が、いつもより八割増し柔らかく感じたのだ。

 よく見えない目を凝らして手元を見ると、そもそも布団がいつもとは違う。

「……は?」

 ちょっと待て。なんで、量販店で買った七点セットの敷布団が、どこぞの高級ホテルに置いてありそうなマットレスに変わってるんだ? そんでもって、無地の水色タオルケットが、ベージュ色の、触れるだけでこっちの肌もサラサラになりそうな手触りの良い掛物に変わっているのは、いったいどんな物質変化の成せる業なんだ?

 もはや錬金術にも近いベッドの驚異的変化に驚いていると、視界の脇からひょっこりとピンク色の頭が生えた。

「リセイさまぁ!」

 甲高い声とともに小柄な体が飛びかかってくる。

「うわわっ!」

 咄嗟に被っていた布団を引き上げ、少女と俺の間に壁を作った。

「なっ、だ、誰だ……!?」

「よかったぁ。どこにも痛いところとかない?」

「ライライ……リセイ様……困ってる」

 俺の顔を覗き込んでくるピンク頭を遮って、細い手が眼鏡を差し出してきた。

「あ、ども……」

 なんで他人が持っているんだと思いつつ、渡された眼鏡をかける。

 ようやくまともな視界を確保したが、見えた途端、俺はかけたばかりの眼鏡を外して両目を固く閉じた。

「いかん。また悪夢だ……」

 いたって平凡なアパートの一室が、テレビでしか見たことないような洋風建築の一室に変わっていた。俺のすぐそばには、まったく見覚えのない少女が二人いる。

 ピンクと朱色という、日本では考えられない髪色をした二人にも、俺は絶望を深めこそすれ、驚きはしなかった。悪夢の始まりはおおむねいつもこうだ。見知らぬ場所で、見知らぬ女たちに囲まれ、その後はだいたい、彼女たちから「このヤリ○ン!」とか「アバズレ!」とか「私のヴァージン返してよぉおお!」などと身に覚えのない罪で罵られ、蹴るわ殴るわ魔法で吹き飛ばされるわという過激な暴行を受ける。

「二人とは……今回は少ないんだな」

 夢の中なのに痛みを感じるのは納得いかないが、俺が逃げようが抵抗しようが、女たちは親の仇のごとくぶちのめしてくるので、今更何をしようという気にもならない。そもそも、明晰夢じゃないんだから、自分の思う通りに夢の内容を変えることなんてできないし。

「手短にお願いします」

 暴行を受ける側にしては不似合いなお願いをすると、俺は身を縮こまらせて両手で頭を抱えた。準備万端。あとは女たちの暴行が終わって悪夢が覚めるまで待てばいい。

 次に目覚めたときには、熱気のこもる自室のベッドの上にいることだろう。

「リセイさま? 何してるの?」

 ところが、今回はいつもと違った。

 ピンク頭が俺の耳元で「やっぱり、どこか痛いの?」と訊ねてくる。もう一人の少女は「ミゴールさん、連れてくる」と言って部屋から出て行った。

 もしかして、悪夢の暴行はすでに終わったあとなのだろうか?

 だが、それにしてはどこも痛くない。

 とりあえず、耳元に少女の息づかいが聞こえるのは不快だったので、俺は素早く起き上がるとベッドから下りて壁際まで離れた。

このまま、何事もなく悪夢が終わって目が覚めてくれることを祈りながら、外していた眼鏡を再び装着する。

ベッドの上にいたのは、十歳前後と思しき少女だった。人形のごとき愛らしい顔立ちに、吸い込まれそうなほど大きな茶色の瞳。不思議の国のアリスみたいなドレスだかワンピースだか、種類はよく分からないが、現代日本じゃなかなかお目にかかれないその格好は、悪夢ではおなじみの光景だ。

「……どういうつもりだ?」

 俺の問いかけに、少女は小首を傾けた。

その、どこか子犬を彷彿とさせるあどけない所作にも俺は騙されない。身長は俺の半分しかないような小柄な体だが、脚力は腕力の三倍あると聞く。どんなに細い足でも蹴られれば痛い。それに最も恐ろしいのは、物理法則を無視した超自然的現象――魔法を、夢の中の女たちは使うのだ。以前、女の召喚したネッシーみたいな化け物に食べられたときの、あの長い首を胃に向かって滑り落ちる恐怖は未だに忘れられない。……以来、トンネルタイプの滑り台が苦手になった。

「ここがどこか分かる?」

「どこか、だって? 俺の夢の中に決まってるじゃないか」

「ゆめ? ううん、ちがうよ。だってリセイさまは起きてるもん」

 訳の分からないことを言う少女。

 起きてるって……そりゃあ、夢の中で寝てる夢はさすがの俺も見たことがない。

 そこまで考えて、重要なことに気づいた。

先ほど別の少女は、誰かを呼んでくると言っていなかったか!?

「な、仲間を呼びに行ったのか!? 無抵抗の人間に対して、一対二どころか、一対多数でよってたかって暴力振るおうなんて……人として最低だぞ! 確かに、俺は男で君は女だが、俺は一度だって夢の中で抵抗したことはない!」

 言ってて、自分で悲しくなってきた。女たちからの一方的な暴行が激しすぎて、抵抗どころか逃走もままならなかったわけだが、胸を張って言えることでもないだろう。

「?……大丈夫。だれも、リセイさまにひどいことなんてしないよ」

 少女は不思議そうに再度頭を傾けたあと、幼児みたいに破顔した。顔面から喜色の溢れる太陽みたいな笑顔だ。

 だが、笑顔での騙し討ちもすでに経験済みだ。あのときはたしか、「こっちよ」と逃げる俺を手引きするふりをして、一人になったところを後ろから殴られたっけ。

……こうしてみると、俺の悪夢内での被害経験値ハンパねぇな。現実なら数十件の傷害罪が成立してるぞ。

「そんなこと言っても騙されないからな。女っていうのはどいつもこいつも、腹に一物どころか二物も三物も抱えて……――ちょっと待て、俺のことをなんて呼んだ?」

「自分の名前が分からないの? あなたはリセイさまだよ」

 少女の言う通りだ。俺の名前は京極利惺きょうごくりせい。妙な悪夢に悩まされていることを除けば、それなりに平凡な高校生だ。

「……違う。いつもは、俺のことを別の名前で呼ぶだろ?」

 生まれも育ちも日本だが、悪夢の中で俺は外国人の名前で呼ばれていた。

「ロレンツォって」

 その名を口にしたとき、少女が両目を瞠った。明るい茶色の瞳が、何かとんでもなく恐ろしいものを見たかのように俺を凝視する。

「――目が覚めたって、本当!?」

蹴破ったのか!? という勢いで部屋の扉が音をたてて開いたのはそのときだった。

「しまった、仲間が来たか!」

 少女の不可解な言動に気を取られていた俺は、千載一遇の逃走のチャンスを逃した。今からでも遅くないかと、部屋に備え付けられた窓を見る……空しか見えねぇ。どうやらここは一階や二階どころの高さじゃないらしい。

「ダーリン!」

「うごっ!」

 飛んで来た言葉の意味を理解する前に、ものすごい勢いの体当たりを胸に受けた。衝撃が肋骨を抜けて肺まで響く。

一瞬、息が詰まった。

「――ゴホッ! な、にしやが……ぉおおお女ぁあ!」

 両手の振り上げと同時に飛び上がるという、愉快なジャンプを披露したあと、俺は野良猫より素早く全ての女から最も離れた場所――扉の近くへ移動した。

「あら、やっぱりコレは元からなのねぇ」

 金髪の女はどこか面白がるように、艶然とした微笑を浮かべる。その口元を彩る赤と同じ色の瞳が狙いを定める捕食者のように細められた。

「……ヴィリオーネ……リセイ様、怖がってる」

 戻って来た朱色の女が幸いにも牽制してくれる。

「ヴィリオーネだけズルいー! ライライもリセイさまとハグするー!」

 ……お嬢さん、今のがハグに見えたなら、君の認識は間違っていると言わざるを得ない。今のはどう見てもタックルだった。

 などという俺の心の声が伝わるわけもなく、ピンク頭の少女が両手を掲げた。

「おい、ハグじゃなかったのか!?」

「だってリセイさま、にげるんだもん」

 分かってるならするんじゃない!

「二人とも、そのくらいにしておくのじゃ」

 俺の危機を救ってくれたのは、落ち着いた女の声だった。条件反射で俺が扉の脇から飛びのくのと同時に、紺色の髪の女が入って来る。

「ああ、よかった。もしやこのまま目覚められないのではないのかと、わたくし心配でなりませんでした」

 続いて入って来た人物は男だった。やけに背の高い、そのくせ体つきの細い男だ。

女ばかりでないことには少し安堵したが、悪夢史上初の同性の出現に喜ぶべきか恐れるべきか、非常に迷う。

「具合はいかがですか? どこかおかしいと感じるところはございませんか?」

 まるで貴族でも相手にしているかのように、男は丁寧な口調で俺に問いかけてきた。

「……悪夢の内容がいつもと違う」

「は?」

 俺の呟きに、近づいて来ていた男が足を止める。

それにしても、やけに美形のにーちゃんだ。金縁で鎖付きのこじゃれた眼鏡が、穏やかで知的な相貌と調和している。肩より長いロンゲが似合う男など初めて見た。

「失礼ですがリセイ様、ここがどこかお分かりになりますか? わたくしどものことは?」

 夢の中に知人が出てくることも往々にしてあるが、俺の前にいる四人の誰にも見覚えはない。

「……知りません」

 果たして、この悪夢はどうすれば覚めてくれるのか。そろそろ起きないと、父さんの弁当を作ってやる時間がなくなるかもしれない。

「お父様からお聞きしたことで、何か覚えてらっしゃることはございませんか?」

「そういえば、明日――今日は昼からの勤務って言ってたな」

 弁当を作る時間は十分にありそうだ。

「……よろしい」

 何がよろしいのか、男は両目を閉じて一人で納得するように大きく頷いた。

「それでは、まずはわたくしどもの自己紹介からさせていただきます」

 俺が何かを言う前に、男は部屋の中央に立つ女に近づいた。

「この方はあなた様のお妃候補第一の人、イザベル・シュットラー様です」

 お妃っっ!??

 驚きのあまり目を点にして魂を飛ばす俺に、紹介された女がしずしずと近づいて来た。

 スリムな純白のドレスを身に纏い、紺色の毛髪が光の悪戯で美しい蒼に反射する。同じ色のサファイアブルーの瞳が俺を捉えて柔和に微笑んだ。おとぎ話に出て来るような、深窓の姫君然とした所作で上品に会釈をする。

「お初にお目にかかります、リセイ殿」

 やけに白くて細い女の手が、俺の手に触れようと伸ばされる。魂を飛ばしていた俺は、それでも反射的に腕を背中に回して接触を回避した。

「ちょっ、ちょっと待ってくれっ! あなたが俺の妃? つまり、お嫁さんってことですか!?」

「そうじゃ」

 深窓の姫君は一転して、自信満々に笑んだ。片頬をつり上げたその笑みが、俺には肉食獣が獲物を追い詰めたときのそれに見える。

「ちがうよー! およめさんはライライたちなの!」

「……まだ、みんな候補」

「左様です。こちらの二人の女性が、リセイ様のお妃候補第二、ドミニカ・ラインハルト様。そしてその妹君、お妃候補第三のライア・ラインハルト様です」

 お兄さんの流れるような説明は、文字通り俺の右耳から左耳へと流れ出た。ただ一つ〝嫁〟の一文字だけはどんなに流そうとも、風呂場のタイルに生える黒カビじみた頑固さで、俺の脳にこびりついている。

「そしてワタシは五番目の候補、ヴィリオーネ・マギンよ」

 自ら名乗りを上げたのは、俺にタックルをかましてきた金髪の女だった。

「よろしくね、ダーリン」

 着物とドレスを合わせたような不思議な衣装を着た女が、艶っぽい見た目とは裏腹な、ハートマークの付いていそうな台詞と軽快なウインクをよこしてくる。

「ライライもヴィリオーネも気が早いのぅ。誰を正妻にするか、決めるのはリセイ殿であって、おぬしたちではないぞ」

「わかってるもーん。でも、お嫁さんになるのは、ライライとおねぇちゃんだもん!」

「……全員揃ってない」

 イザベルさんが腰に手を当ててパンダみたいな名前の少女を嗜めれば、少女は頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。その隣で、姉だというドミニカさんが無表情に呟く。

――って、おいっ、全員ってどういうことだ!? その、忌まわしき嫁候補とやらは、ここにいる四人だけじゃないのか!?

……そういえば、四番目がいなかった気がする。

 俺の心の叫びが聞こえたのか、長身のお兄さんが「この場にご不在の方も合わせますと、リセイ様には合計で五人のお妃候補がいらっしゃいます」と、どこのハーレムゲームの謳い文句だと問いたくなることをのたまってくれた。

 その一言に、ライフの残りが十三しかなかった俺は一発でノックアウトされる。

「……今までで、一番酷い悪夢だ……」

 そりゃあ俺だって、理由も分からず女たちにボコられるのは嫌だ。できるならやり返してやりたいと、これまでの十余年、繰り返し夢の中の女たちへの仕返しを考えてきた。

 だが、その大っっっ嫌いな女たちから言い寄られ、あまつさえ妃候補などが登場する日が来るなんて……っ! まさか俺は、心の底ではハーレム願望があったというのか!? 自他ともに認める大の女嫌いのこの俺がっ!!?

「最悪だ……」

 たとえ今目覚めても、この悪夢は終わらない。夢の真意が俺を悩ませ続けるだろう。これ以上悪いことなどもしかしたらこの先、一生ないかもしれない。

「悪夢? リセイ様、これは夢などではありませんよ?」

 長身のにーちゃんは、いとも容易く俺の最悪を上回ってくれた。

「はい?」

 たぶん今の俺は、両目を丸くして口を半開きにし、鼻の穴をヒクつかせるという、とても間抜けな顔をしているだろう。

「夢じゃない、ですと……?」

「ええ。正真正銘、あなた様の現実でございます。何かおかしいと思ったら、夢だと思っていらっしゃったのですね。まあ、無理もありません。いきなり違う世界に連れて来られたのだと聞かされれば、わたくしでも一度は自分の正気を疑います」

「違う世界!? それは聞いてないけどっ!?」

「あれれ、まだご存じではありませんでしたか?」

「うん、まだ言ってないよー」

「……何も、知らないみたい」

 複写したような正確さで姉妹が同時に首を振った。

「そうじゃったの、リセイ殿はそれも知らなんだ。ここはのう、リセイ殿。そなたがいたチキュウとは別の世界なのじゃ」

「はっ? 別の世界!?」

「そうじゃ。妾たちはここをサブ・ガイアと呼んでおる」

「そしてアナタは異世界へ渡っていたこの国の王子なのよ」

「渡米みたいな軽いノリで何言ってるんですか? 頭大丈夫?」

 些か刺のある物言いだとは自分でも思うが、女に対しては例外なくこうなるので仕方がない。まぁ少しだけ、さっきのタックルも関係しているかもしれないが。

 しかし、正気を疑う俺の発言にも、ヴィリオーネと名乗った金髪は動じなかった。それどころか、どこか憐れむような表情で見返してくる。

「そうよね、いきなり異世界、王子、美しい妃候補たち、なんて言われてもすぐには信じられないわよね。いったい、どこのシンデレラ・ボーイよ! っていう気分なのも分かるわ」

「いえ、その発想はありませんでした」

 混乱に溺れそうになりつつも、外見上は冷静に受け答えする俺を、誰か褒めてほしい。

 しかし、何てことだ。ハーレム願望どころか、現実から逃げ出したいという中二じみた願望をも心中に秘めていたなんて。

こんな夢を見るくらいだ。自分でも気づかないうちにストレスを溜めこんでいたんだろう。

……最近、受験で根を詰めてたしなぁ……。

「それで、おにーさんは誰なんですか?」

 一人だけ、誰か分からないのも不気味だったので、お兄さんに誰何する。

「わたくしとしたことが、失念しておりました」

 右手を胸に当てて、男は恭しく一礼した。

「わたくしの名はアレクサンドル・エティエンヌ・ミゴール。あなた様の従者であり、僭越ながらロレンツォ様より教育係を仰せつかっております。何か御用や質問などございましたら、わたくしに何なりとお申し付けください」

 ア、アレクサンド、エテンヌ……なんだって?

「少々長いので好きなように呼んでいただいて構いません」

 機会があるのか分からないが、もしも呼ぶときがきたらそうさせてもらおう。確実に聞き取れた部分を抜粋してアレクさんでいいだろうか?

 俺が長身男ことアレクさんのニックネームを考えていると、彼は何を思ったのか、近寄ってきて俺の右手を取った。まるで孫の結婚式を祝う祖父母のように、ぐっぐっ、と俺の手を握り込んでくる。

「あなた様とこうしてお会いできたこと、誠に嬉しく思います」

 そう言うアレクさんの両目から、二筋の透明な線が流れ落ちる――って、泣いてんのかこの人っ!?

「ちょっ! なにっ!? なんで? 俺が何かした!? ごめんなさいっ」

「いえ! リセイ様は何も悪くありません! ただ、わたくしは嬉しくて……」

「よかったねー、ミゴールさん」

「……わたしも、嬉しい」

「もう、ミゴール卿はすぐ泣くわねぇ。アナタそれでも男でしょう。しっかりなさい」

「ほれ、ハンカチじゃ」

「はっ、申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」

 しきりに頷きながら、アレクさんはイザベルさんの渡したハンカチで両目を拭う。

 四人の女性の励ましのおかげで、アレクさんの涙はしばらくして止まった。金縁眼鏡の向こうにあるオレンジ色の瞳は未だに潤んでいるものの、再び泣き出すことはなさそうだ。

 ――うん、アレクさんも泣き止んだことだし、そろそろ俺も現実に戻ろう。

 もう一度寝れば、次に目覚めたときはいつもの日常に戻っているはずだ。

「……あの、それで、考える時間が欲しいのでしばらく一人にしてくれませんか?」

 さすがに他人がいる前で堂々と眠るわけにはいかないので、それらしい理由を言ってみる。

「そうですね。では、わたくしどもは隣の部屋におりますので、落ち着かれたら声をおかけください」

 読み通り、アレクさんは気を利かせてすんなり退室してくれた。いい人だ。

「腹などすいたら、何でも言うがよい」

 イザベルさんも気遣いつつも俺の要望を受け入れてくれる。しかし、残りの三人は違った。

「ワタシが添い寝してあげるわよ?」

「ライライもー!」

「……はい」

 ピンク頭――ライライに続いてドミニカさんも小さく手を上げる。

「結構です」

 女に添い寝されるくらいなら、両脇にマグロでも置いて寝た方がましだ。この上なく不愉快な提案に金髪を睨みつけるが、金髪は「んふ、その目、ゾクゾクしちゃうわぁ」なんて気持ち悪いことを言いながら部屋を出て行った。

「君たちも」

「……はーい」

 肩を落としてしょぼくれるライライと、そんな妹を励ますように背中に手を当てて出て行くドミニカさん。……こうしてみると、まるで俺が悪いことをしたような気分になってくるが、俺、別に悪いことしてないよな!

「さて、寝ますか。……夢の中で寝るっていうのも変な話だけど……」

 奇妙な現象に苦笑いしつつ、ベッドに横になる。適度に身を沈めるその柔らかさは、まるで雲に寝そべっているような感覚だった。ベージュの上掛けが、これまた気持ちいい。

 これだけ快適なら、俺が眠りの海へ落ちるのもあっという間だろう。


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