新・夢十夜(第五夜)
こんな夢を見た。
「お前は、今、死んだ! 」と闇の中のさらに黒い影が言った。「でも、お前はお前なりに一生懸命生きてきた。だから一つチャンスを与えよう」
「頭山怛朗さん、ここは“地獄の一丁目放送”。クイズ番組です」国営テレビの女子アナ鈴木奈穂子に似た女が言った。でも、それは本物でないことは勿論、人間ですらなかった。そこには大勢いの観客もいた。百人くらいか?「でも、このクイズは今までに無かった形式です。問題は二択で五十題出題します。頭山さんに回答して貰いますが、さらにスタジオの皆さんにも答えて貰います。今、ここには九十九人の観客がおられますが、頭山さんには観客の過半数が正解するか、誤答するかを選んでもらいます。両方を正解して初めてポイント。題して“皆の常識、こんなもの!”。他人の無知を笑いのタネにしようというものです。でも、これは単なるお遊びではありません。あなたの生死をかけたクイズです。分かりましたね、頭山さん? 」
「わ、分かった」おれはおずおずと言った。「でも、何ポイント以上でおれは助かるのだ? 」
「この番組は私があなたに質問する番組です。あなたに質問する権利はありません! それでは出題です!第一問。バカボンのパパの鼻の下あるのは、鼻毛? それともひげ? 」
おれは鼻毛を選んだ。観客も鼻毛!
「第二問! 『衆寡敵せず』という言葉は、少数派・多数派どっちが有利であるあることを表している? 」
正直、初めて聞いた言葉だったがおれは少数派。常識人が多いだろうから観客は多数派!
「それでは第三問……」(※)
こうして五十問全てが出題された。おれの回答が全て正解とは思わないが、三十問以上は正解している自信があった。問題は九十九人の回答がどうかだ!
それと何ポイントでおれは助かるのか? それこそ、それこそ究極の問題だ!
「頭山さん! あなた自身の回答にどれくらい自信がありますか? 」と国営テレビの女子アナ鈴木奈穂子に似た物体。
「おれ自身は三十問以上は正解していると思う。でも、観客の回答の方は……」
「観客席の皆さんは頭山さんの比べると“無知”だと?」
おれは思わず肯いた。
「その点はご安心ください。ここは“地獄の一丁目放送”。視聴者は閻魔大王様とその奥様のみで、私は嘘をつきました。頭山さんに不要なストレスを与えるためで、観客席の回答はあなたのポイントに関係ありません。あなた自身が正解すれば一ポイントです」
「それなら三十ポイント以上は確実だ! ひょっとすると四十問は正解したかも? 問題は何ポイント以上でおれが助かるかだ……」
国営テレビの女子アナ鈴木奈穂子に似た物体がその顔に笑いを浮かべた。それは冷酷な笑いだった。
「実は私はもう一つ嘘をついていました」と、国営テレビの女子アナ鈴木奈穂子に似た物体、出題者が再び笑いを浮かべ言い、おれの下半身の(もともと大きくない)“なに”がますます縮み上がった。
「何度も言うようですがこれは閻魔大王様とその奥様だけが見られるクイズ番組で、三ポイント以下で回答者は助かります。後出しジャンケンのルールですが、ここでは“無知は力なり”(※)なのです。このクイズ番組で助かった人間は今まで一人もいません! 」
二択問題五十問で、誤りではなく正解が三つ以下で助かる?! 目の前が真っ暗になり、観客席から笑いが漏れた。次々と回答が示され、おれは呆然とした……。
「あなた! 」遠くで妻が呼び、それでおれは目覚めた。
そこは病院のベッドの上だった。
医者が「頭にあれだけの怪我をしておきながら助かるなんて信じられない」とおれに言った。
何事も中途半端はいけないのだ。“あっちの世界“と“こっちの世界”の間で見た夢のなかで国営テレビの女子アナ鈴木奈穂子に似た物体が発した言葉を、おれは呟いた。“無知は力なり”
※二択問題はネット上の二択問題を使用させて貰いました。
“知は力なり”:Francis Bacon(1561~1626) イングランド哲学者、神学者、法学者の言葉。