真昼の脱走犯
漁師と別れた百舌鳥はスーツケースをガラガラと音を立てながら波止場を歩いている。
腕時計を見ると午前11時15分だ。
待ち合わせの時間から15分過ぎてしまっている。少し足早に波止場を歩く。
11時に我孫子という刑務官が迎えに来てくれる約束になっていた。
待ち合わせの場所に着き辺りを見渡すが誰も居ない。向こうも遅れているのだろか?
波止場の石段に腰を降ろす。
4月なのにこの暑さはなんだ?喉が乾きデイバックの中を漁るが島を出る前に買ったミネラルウォーターは空になっていた。
辺りを見回しても自販機もコンビニも無さそうだ。
ここへ来る前、島のことを少し調べて来たのだが、かつては海底炭鉱によって栄え東京以上の人口密度を有していたそうだが、閉山とともに島民が島を離れたため、今は刑務所専用の島になってらしい。
時計をもう一度みると11時半になっていた。
携帯を取り出し事前に教えてもらっていた、刑務所の番号にかけてみることにした。
しかし、コール音はするのだが、誰も電話には出なかった。
この暑い中、待ち続けるのは苦痛だ、少ししんどいが歩いて行くことにしようか。
波止場からでも丘の上に立つ刑務所が見えた。小さな島なので直ぐに着くだろう。
腰を上げると30メートル程先にボーダーのワンピースを来た女がこちらをじっと見ていた。
全く気がつかなかったが、あれが我孫子という刑務官なのか?想像していたより幼そうだが。
「あのー、我孫子さんですか?」
返事が無い。聞こえていないのか?
近づこうと歩きだすと、女は一歩後退りした。
不審に思いながらも近づくと女は走り出した。
百舌鳥も走って追いかける、
「おーい、何で逃げるんだー」
女は無言で走っていく。
「おーい待ってくれよ!」
男の百舌鳥が全力で追いかけても追いつきそうになかった。
100mほど追いかけたが急に走ったせいで横っ腹が痛みだし、喉はカラカラで息が上がってしまった。
もうダメだと諦め足を止める。その時、もう居なくなったと思っていた女が倒れていた。
起き上がる様子もがない。慌てて、倒れている女に駆け寄る。
駆け寄ってみると、女はうつ伏せで倒れピクリとも動かない。
さっきは追いかけるので精一杯で気づかなかったが、女は裸足だった。足は泥や砂で汚れ所々擦り傷もある。
体を仰向けにし顔を見ると色白の少女だった。髪は明るく腰まである程の長さだ。確実に戎では無いだろう。
取り敢えず日陰まで連れて行こう。
少女を抱えて日陰を探した。
元は商店だったであろう古びた店先のベンチに少女を寝かした。
転んだ時に出来たのか膝から血が出ていた。
持っていたハンカチを当てると少女は少し唸り声をあげ、顔を歪めた。
意識が戻ったことに一安心だ。
「おい、大丈夫か?」
百舌鳥が顔を覗かせると少女は勢い良く飛び起き立ち上がろうとするがよろけて尻餅をついた。
「まだ歩けないだろ。ついさっきまで倒れてたんだから」
少女を起き上がらせベンチに座らす。
「君、名前は?」
少女は挙動不審な様子で百舌鳥を見つめる。
「貴方こそ何者?この島に何しに来たの?」
少女の声は細く震えていた。
「怪しいものじゃないよ。僕は百舌鳥優作、今日からこの島で刑務官をやることになってね」
刑務官という言葉に少女は動揺した様子だ。
「刑務官…女子刑務所の?男の貴方が?」
「あぁ、女性の刑務官だけだと手に負えない仕事が多いみたいでね」
少女は顔をそらし
「助けてくれてありがと、私急いでるからもう行かなきゃ」
少女は立ち上がると足を引きずりながら歩き出した。
「何をそんなに急いでるだ?まだ歩けないだろ」
少女は黙ってゆっくり進んでいた。
その時、けたたましいサイレンの音がし一台の空色のジムニーが少女の行く手を塞いだ。
唖然として居ると一人の刑務官が車から飛び出した。
「白鳥!もう逃がさないぞ!動くなよ!」
「くぅ…我孫子…」
この女が我孫子なのか。
我孫子は随分と長身だ。男の僕より背が高い。きっと学生時代はバレーボール部だったに違いない…と呑気に考えて居ると、
「我孫子…そこ…どけよ…」
少女が我孫子に殴りかかる。
百舌鳥が急いで止めに入ろうとする。
その瞬間、少女は我孫子の肩越しで宙を舞い倒れていた。
少女はピクピクと痙攣し白目をむいていた。
「一体、何なんだ?事情を説明してくれよ」
我孫子は手をはたき、ため息をついていた。
「あなたが、百舌鳥君?こいつは脱走犯の白鳥虎美よ。で、私が刑務官の我孫子」
「脱走犯!?だから俺から逃げたのか?」
我孫子は脱走犯の白鳥を担いでいた。
「最初、あなたを白鳥の仲間だと思ってたわ」
危うく俺も背負い投げされる所だったのか…
白鳥を後部座席に投げ込み運転席につく我孫子。
「早く乗って。ちゃんとこの女が暴れない様に見張っててよ!」
見かけに似合わず言葉扱いが乱暴だ。
島に着いて早々、脱走犯に会うなんて….
女子刑務所だからと舐めて居たことを早くも反省した。