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32.今、運命を手に入れた



『この際だから、全部話してやる』と。

 アケヒに言われたのは、ハルウの屋敷から帰ってきた夜のことだった。

 何がこの際なのか、何を話すつもりなのか、ルミには何一つわからなかったけれど、疑問に思いつつもうなずいた。

 そんなルミを、アケヒは自分の部屋へと連れて行く。

 想いが通じ合った夜から、何度となく訪れているアケヒの部屋。

 自然と目に入るベッドにドキドキしつつ、今はそんな場合ではないと気持ちを切り替える。


「話って、何?」


 ルミの問いかけに、アケヒはちらりと一度こちらに視線を向けてから、部屋の隅の棚に近づいていく。

 仕事で使う工具や備品なんかとは別の、生活に使うものが入っている棚。

 アケヒはそこから何かを取り出して、ルミに差し出してきた。

 それは、青い結晶を紐でくくっただけの、単純な作りのネックレスだった。


「これがなんだか、わかるか?」

「これ……」


 それを見た瞬間から、ドクドクとルミの血が騒ぐのを感じた。

 アケヒはそのネックレスをルミの手に握らせる。

 触れると、直に伝わってくる。

 あたたかな気と魔力。覚えのあるそれは――。


「母さんの、魔力……」


 ぽつり、とつぶやきが口からこぼれ落ちた。

 気のせいなどではない。間違えるはずがない。

 この結晶は、ルミの母、ランの魔力で作られたものだ。


 魔力の強い者は、自分の魔力を凝固することで魔石というものを作ることができる。

 それは作る者の魔力の高さや純度によって、価値が変わる。

 純血の吸血鬼の魔力の純度は、魔界最強の種族と言われる竜族に並ぶほど。

 青々とした、純度の高い魔石は、そう簡単に手に入るものではないと一目でわかる。

 ましてやそれがルミの母の作ったものであれば、なぜアケヒが持っているのか不思議でならない。

 問うようにアケヒを見上げると、アケヒは観念したように一つため息をつき、口を開いた。


「オマエの母親が死ぬ前に、オレに託していったものだ」

「母さんが、アケヒに!? どうして!?」


 母とアケヒには生前に関わりがあったのだろうか。

 以前、アケヒの口から両親の話を聞いたときには、一方的に知っているだけのように語っていたのに。


「……ダンナから、聞いただろ。オレが、オマエに、その……」

「一目惚れしたって?」


 アケヒが口ごもるので、ルミは続きを言葉にする。

 そのとたんに頬を赤く染めるアケヒに、ルミにも照れが伝染してきた。

 ほてった頬をごまかすようにどちらともなく視線をそらす。

 チッ、と頭上からアケヒの舌打ちが聞こえてきた。

 単なる照れ隠しだとわかるので、余計に居心地の悪さが増しただけだった。


「……とにかく! オレはオマエを助けたときに、オマエの親とも面識ができたんだ。

 つっても、あの事件が起きるまで、もう会うことなんてないと思ってたけどな」


 その理由は、ハルウが言っていたとおりなんだろう。

 一族が真っ二つに割れている中、いたずらに純血の血を尊ぶ一派を刺激するような行動は慎まなければならなかった。

 純血のランの娘に、淫魔の少年が一目惚れした、などという事実を、知られるわけにはいかなかったから。

 顔を合わせることなく、関係を結ぶことなく。何もなかったのだという嘘で塗り固める。

 そうすることで、つかの間の安寧を得ていたんだろう。

 それすらも、ハルウの親のことがきっかけとなって、壊れることになるのだけれど。


「たぶん、オマエの父親が殺された、すぐあとだ。

 深夜、まだ事件があったことすら知らなかったオレのところに、オマエの母親は訪ねてきた。

 オレの家族の誰にも悟られずに、オレの部屋に入ってきたんだ」


 ルミの母なら、そう難しいことでもなかっただろう。

 強い魔力を持つ者は、その魔力を隠すことにも長けている。

 隠密行動というものは己の力を完全に制御できている者にしかできない。

 吸血鬼としての自分を取り戻したばかりのルミには、まだ無理だろう。


「血に濡れた姿で、泣きながらこれをオレに渡してきた。

 何があったのか、あの子は無事なのかって聞いても、何も答えてくれなかった。

 ただ、『お願い』って、そう何度も繰り返してた」


 アケヒの語る過去の母の姿に、胸がしめつけられるような思いがした。

 記憶の中の最後の母も、涙で瞳を濡らしていた。

 絶望に心を蝕まれながら、それでも必死にルミを守ろうとしてくれていた。

 父を失って、娘を失わないために遠い世界に逃がして。

 そうしてアケヒの元に姿を現した母は、その言葉にどれだけの思いを込めていたのだろうか。


「あれは、オマエを見つけてくれ、ってことだったんだろうな。

 オマエと再会して、オマエが生きてたんだって知って、初めてそのことに気づいた」


 過去を思い返すように、アケヒの視線が宙をさまよう。

 ルミの母は、何を思ってアケヒに魔石を、ルミのことを託したのだろうか。

 父が同族に殺され、誰が味方かもわからない中、ふと頭をよぎったのがアケヒだったのかもしれない。

 つがいを失い、命の期限が迫っている状態で、冷静でいられるわけもなく。

 とにかく、『ルミを、娘をお願い』と、頼むことしかできなかったのかもしれない。

 ルミが、人界で命を落とす前に、見つけてほしいと。

 娘の幸福な未来だけを願って。


「次の日になって、事件のことを知って。

 オレの聞いた噂では、オマエも父親と一緒に殺されたことになってた。

 だから、形見分けだったのかって納得しちまった」


 苦々しそうな口調で話し終え、アケヒはため息をこぼす。

 ひそめられた眉。後悔をにじませた声音。

 あの時気づいていたなら、もっと早くに見つけてやることもできたのに。

 そう悔やんでいることが見て取れた。


 アケヒの《運命》はルミだった。

 それは、ルミにとってはとても幸福なことだけれど、アケヒにとってはどうだったのだろうか。

 人界で再会するまで、アケヒはルミを死んだものだと思っていたのだ。

 今、己のつがいと定めたアケヒを失ったなら、ルミはきっと狂ってしまう。

 当時のアケヒがどれだけ苦しんだのか、ルミには想像することしかできない。


 アケヒはルミに視線を戻して、苦笑した。

 きっと今のルミが、泣きそうな、痛みにこらえるような顔をしていたからだろう。

 オマエがそんな顔をしてどうすんだよ、とでも言うように、くしゃりと頭を軽く掻き回される。

 それから、ルミの手から青い結晶をひょいと取り上げる。

 手のひらの上でころころと結晶を転がし、かすかに光を放つそれに目を落とす。


「これ、オマエの目の色に似てるだろ。

 まあ、オマエの目の色じゃなくて、オマエの母親の目の色なんだろうけど」


 言われてみれば、結晶の青はルミの母の瞳と同じ色だった。

 そうして、今のルミの瞳の色とも酷似している。

 灰青色だったルミの瞳の色は、記憶の封印が解けたその時から鮮やかな青の色を取り戻していた。

 記憶の中の母の瞳の色と似通った、どこまでも広がる空のような、果てのない澄みきった海のような。

 自分の瞳はずっとくすんだ青だと思っていたけれど、記憶が戻ったこともあり、本来の青を抵抗なく受け入れることができた。

 吸血鬼は本来、今のルミのように鮮やかな色の瞳を持っている。

 母による記憶の封印が、ルミの身体にまで影響を及ぼしていたのだろう。


「なんか、これがあると気分が落ち着いて、どこに行くにも身につけてく癖がついてた。

 人界でオマエを見つけられたのは、そのおかげだったんだ。

 これがオマエの魔力と呼び合ったから」


 その言葉に、人界でアケヒに声をかけられたときのことを思い出そうとするが、身につけていたアクセサリーまでは覚えていなかった。

 過去最高に具合が悪かったから、それどころではなかったのだろう。

 血の味のファーストキスの印象が強すぎた、ということもある。


「そう……だったんだ」


 なら、あの日アケヒに拾われたことは、偶然でもなんでもなかったのだ。

 母がアケヒに魔石を託したから。アケヒがその魔石を身につけていたから。もっと言えば、ルミがアケヒの《運命》だったから。

 いくつもの偶然と必然が絡み合った結果だった。

 それはもしかしたら、それこそが運命と呼べるものだったのかもしれない。


「やるよ」

「え?」


 アケヒは再び、ルミに魔石を差し出した。

 素直にそれを受け取ることができずに、ルミは驚きの声をもらす。


「これはたぶん、オマエに残されたもんだ。

 オマエが持ってることを、オマエの母親も望んでんだろ。

 オレが持ってていいもんじゃない」

「でも、ずっとアケヒが持ってたのに……」


 アケヒと魔石とを交互に見ながら、ルミは受け取るか迷った。

 持っていると落ち着く、と言っていたのに。

 ルミに渡してしまってもいいんだろうか。


「もういらない。

 ……代わりじゃなくて、本物がいるからな」


 アケヒはキッパリと言ったあとに、ふっとやわらかな笑みをこぼした。

 その照れを含んだ笑みに、ルミの鼓動は跳ね上がった。


「あ、あたし?」

「オマエ以外に何があんだよ」


 何を今さらとばかりにそう返されて、ルミは動揺する。

 青い結晶を、ずっと持ち歩いていたのは。

 ルミの代わりとしてだったのか、と。

 遅ればせながら理解して、一気に全身の血が沸騰した。


「逃がしてなんかやんねぇって、言っただろ」


 言いながら、アケヒはルミの首にネックレスをかける。

 まるで、首輪をつけるかのように。

 もう、逃げ場などどこにもないのだということを思い知らされる。

 そして、逃げるつもりもどこにもないのだ。

 ルミはアケヒに捕らえられ、アケヒはルミに捕らわれた。

 お互いがお互いの唯一なのだから、これほどしあわせな檻もないだろう。


「うん、うんっ……!」


 たまらず、ルミはアケヒの首に飛びつく。

 アケヒはしっかりとルミを抱き止めてくれた。

 ルミを丸ごと包み込んでくれるぬくもりが、いとおしい。

 アケヒのルミが《運命》なのなら、ルミにとってもアケヒとの出会いが運命だった。

 二人の時間と二人の想いが重なり合ったことこそ、まぎれもない運命だ。


「もう、どこにも行くなよ、ルミ」


 ルミを抱きしめる腕の力が少しだけ強まった。

 わずかに弱音も含んだその言葉に、ルミは微笑んでうなずく。

 どこにも行く場所なんてない。

 今のルミの帰る場所は、アケヒの隣だ。

 そして、アケヒの帰る場所も、ルミの隣なのだろう。

 生命がみな流れ流れて海へと帰り着くように、互いが終着点なのなら、怖いものなど何もない。


「ずっと、一緒にいようね、アケヒ」


 ルミがそう告げると、腕の力がさらに強まった。

 絶対に離さない、とでも言うように。

 痛いくらいの拘束力に、アケヒの想いが込められているのを感じる。

 彼の想いをすべて受け止めるように、同じだけの想いを返すように、ルミも強く抱きしめ返した。

 アケヒはルミの耳元で、この上なく甘く優しい声音でささやいた。


 あいしてる、オレの《運命》、と。




 今、あたしたちは、運命を手に入れた。







 吸血鬼になりまして、これにて完結です。

 最後までお読みくださってありがとうございます!

 書き始めた段階で、大まかな着地点くらいしか決まってなかったので、途中迷走しそうになりましたが、なんとか完結まで行き着くことができました。

 これも、読んでくださった、お気に入りに入れてくださったみなさんのおかげです。

 まさかこんなに長くなるとは思っていませんでした……20話ちょっとくらいで終わると思っていました。

 ルミもアケヒも、きちんとしあわせにしてやりたかったので、最後まで書けてとてもうれしいです。

 少し寂しいような気もしますが、また番外編などで顔を見せると思いますので、その時またお会いできたらと思います。


 それでは、お付き合いいただき、ありがとうございましたー!

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