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26.今になって知らされた真相



 もう元気になったからと、アケヒにはいつもどおり仕事に行ってもらった。

 アケヒが家を出てから一時間ほど経って、部屋でまったり本を読んでいたところに、彼は訪ねてきた。


「調子はどうだ、ルミ」

「あれ、ハルウさん」

「思っていたよりも元気そうで、安心した」


 そんな言葉と共に、血縁でもあり魔法の師でもあるハルウが、ルミの部屋に入ってきた。

 一応、病み上がりだから今日一日くらいはと、ベッドに入ってはいるものの、ルミの体調はもうすっかり回復していた。

 一週間も寝ていたために当然体力は落ちていて、全部が全部元通りというわけではない。

 とはいえそれも、きちんと動いていれば、数日のうちには調子を取り戻せるだろう。


「おかげさまで。もう大丈夫だよ」

「……そうか」


 ルミが微笑んで言えば、ハルウも笑みをこぼした。

 どうやら、ずっと心配をかけていたらしい。

 ミンメイからもルミの様子は聞いていただろうから、当然かもしれない。

 過去を思い出すためには、必要なことなのだとわかっていても。

 心配せずにはいられなかったのだろう。

 それは、ただ単に血のつながりがあるから、というだけではなく。

 一個人として気にかけてくれているからだと、そうわかる。


「心配してくれて、ありがと」


 ルミは笑顔で心からのお礼を告げた。

 ごめん、ではなくありがとうを。

 そのほうが、この場合はふさわしいように思えたから。


「……いや、俺は別に……」

「そう?」


 少し照れくさそうに瞳を伏せるハルウに、ルミはくすくすと笑った。

 心優しい青年は、なぜか本人にはその自覚が薄い。

 万事ひかえめな態度で、そんなところも彼らしいのだが、もう少し自信を持ってもいいのにと思う。


「それで、どうかしたの?

 ハルウさんがこっちに来るなんて、最初のとき以来だね」


 ただルミが心配で顔を見に来ただけなのだろうか。

 ハルウは普段、よほどのことがなければ屋敷から出ない。

 そんな彼がわざわざやってきたのだから、他にも用事があるのではとルミは考えた。


「その……ルミに、どうしても言わなければならないことがあって……」

「言わなきゃいけないこと?」


 ルミが聞き返すと、ハルウは気まずげに視線をそらした。

 腹の前あたりで組んだ指を何度も意味もなく組み直している。

 なんだろうか。様子が、どう見てもおかしい。

 言わなければならないこととやらは、どうやらとても言いにくいことらしい。


「すぐに人界へと飛ばされたルミは、きっと……知らないだろうから」


 ささやくような小さな声でそう言ったハルウは、覚悟を決めたのかやっと顔を上げた。

 その鮮やかな赤い瞳に映っているのは、迷い、苦悩、ためらい。


 ――何かに、怯えている?


「ルミの両親が殺される原因を作ったのは、俺の父なんだ」


 その声はかすかに震えていたけれど、言葉ははっきりと、ルミの鼓膜を揺らした。

 ルミの両親が殺される原因。

 それは母が、純血の吸血鬼でありながら獣人をつがいとしたからだと思っていた。

 それ以外に理由があったなんて、考えもしなかった。


「ハルウさんの、お父さん……?」


 思わずこぼれたつぶやきに、ハルウはしっかりとうなずいた。

 どうやら、冗談などではないようだ。

 彼がこんなたちの悪い冗談を言うはずがないことは、わかっていたけれど。

 こくりと飲み込んだ唾液の音が、嫌に響いた。


 それからハルウは、たまに言葉に迷いながらも、説明してくれた。


 ハルウの両親は純血の血筋を守るための政略結婚で、母の身体が弱かったのもあって、つがいの契約を交わさなかったのだそうだ。

 夫婦仲は良好だったが、それは夫婦というよりも兄妹のような仲の良さだったらしい。

 母はハルウを生んで数年後、体調を崩して呆気なく亡くなった。

 そうして月日が流れ、二十年以上が過ぎたある日、父が人界から人間を連れてきて、つがいにした。

 一族の中でも純血に誇りを持つ一派は、当然猛反対をした。よりにもよって人間の血など入れられるか、と。

 そして、そのいざこざはルミの両親にまで飛び火した。

 以前から、魔力の高くない獣人と結婚したルミの母への風当たりは強かった。

 きっとそのせいもあったのだろう。ルミの両親は、ハルウの父に悪い影響を与えた、と濡れ衣を着せられた。

 事態はだんだんと深刻化していき、ついに――。


 満月のあの日。ハルウの義母とルミの父が狙われた。

 つがいの契約を交わした夫婦は、一方が死ぬともう一方もさして時を置かずに死ぬ。

 つまりは、弱いほうだけを殺すことができれば、一気に片づくのだ。

 二人は純血の吸血鬼に殺され、それによりハルウの父とルミの母も死んだ。

 ルミの母が死ぬまでのわずかな時間に、ルミは逃がされた。

 あとに残された、ハルウの叔父でありルミの祖父である吸血鬼と、ハルウの祖父母の怒りはすさまじいものだったのだという。

 純血を尊ぶ一派を壊滅寸前にまで追いやり、最終的に同士討ちとなった。


 すべての引き金は、ハルウの父が人間をつがいにしたことだった。

 それ以前からも、軋轢は少なからずあった。

 けれどハルウの父のことがなければ、ここまで大事にはなっていなかっただろう。

 きっと、今もルミの両親は生きていたはずだ。

 そう、ハルウはうつむいた顔を上げることなく語った。


「本当は、もっと早く言わなければと思っていた。

 真実を教えるのが遅くなって、すまない」


 ハルウはそのまま、深々と頭を下げた。

 つむじしか見えない今、どんな表情をしているのかはわからない。

 それでも、これまでの付き合いから、なんとなく予想がついた。

 いつもよりも青ざめた顔で、心静かに、けれど怯えながら、断罪を待っているのだろう。

 ルミがどんなひどい言葉をぶつけても、すべて受け止めるつもりで。

 そんな彼を責めることなんて、ルミにできるわけがなかった。


「顔を上げてよ、ハルウさん」


 ルミがそう声をかけても、ハルウはまるで石にでもなってしまったかのように、そのままの姿勢を崩さない。

 ベッドの上を少し移動して、ハルウとの距離をつめる。

 暗色の服に包まれた肩に、ルミはそっと手を置いた。


「ハルウさんも、ハルウさんのお父さんも、悪くなんてない。

 好きなら、一緒にいたいって思うのは当然だよ。

 それが許されなかったことのほうがおかしいんだよ」


 ハルウの父は、ただ人間を愛しただけだ。

 ハルウの母と兄妹のような夫婦だったのなら、初めての恋だったのかもしれない。

 愛する人をつがいにする。

 それはこの魔界に暮らす誰もが許されている自由だ。

 他の誰にも、侵害されてはならないはずの権利だ。


「けれど、俺の父が人間を連れてこなければ、きっとルミの両親は……」


 言いながら、ハルウはゆっくりと顔を上げる。

 泣きそうな表情で、言葉をつまらせた。


「ハルウさんは、ミンメイさんをつがいにしたこと、悪いことだと思ってる?」

「……いいや、思っていない」


 ルミの問いかけに、少しの間をあけてハルウは答える。

 予想どおりの答えにルミは満足感を覚えて、笑みを浮かべた。

 ハルウはまだわかっていないようだ。

 それこそが、一番大事なことだというのに。


「でしょ? ハルウのお父さんも、悪いことなんてしてないよ」


 両手でハルウの肩をつかんで、言い聞かせるようにゆっくりと話す。

 どうして、人間をつがいに選んだことを責められるだろう。

 つがいが吸血鬼ではなかったというだけのこと。人間だったというだけのこと。

 そこには善も悪もない。ただ、事実だけが存在している。

 ハルウの父は何も悪くない。まして、ハルウにどんな罪があると言うのだろう。


「……ずっと、後悔していたんだ」


 ぽつり、とハルウの膝に雫が落ちた。

 それはハルウの赤い瞳から流れる、涙。


「もしあのとき、父を止めることができたなら、と。

 もしあのとき、彼女を母として受け入れていなかったなら、と。

 そうすれば、一族が割れることもなかったはずだ。

 失われた命の重みに、押しつぶされそうだった」


 ぐっ、と拳を握りながら、震える声でハルウは心情をこぼす。

 ずっと、一人で抱え込んでいたんだろう。

 人間をつがいとした父を貶めるようなことを、人間であるミンメイには、言うことができずに。

 心の奥底で、父を、自らを責め続けて。

 そうして十年以上もの間、悩み苦しみながら生きてきたのだろう。


「後悔なんて必要ない。

 それは、ハルウさんが背負うものじゃないよ」


 はっきりとした声で、ルミは言いきった。

 吸血鬼として、親類として、そして同じ被害者として。

 ハルウの心を軽くすることができるのは、自分だけだろうから。


「……ルミ。俺は変わらず、貴女のことを妹だと、そう思っていてもいいか?」


 おそるおそるといった様子で、ハルウは確認してきた。

 泣き濡れた真っ赤なバラのような瞳は、不安と期待に揺れている。


「もちろんだよ、お兄ちゃん」


 安心させられるようにと、ルミはにっこり笑ってそう言った。

 ハルウにも、ルミにも、もう近しい親戚はいない。

 お互い、同じ吸血鬼によって、大切な家族を失った。

 広い魔界で、たった二人取り残された。

 血のつながりだけがすべてではないけれど、血のつながりでしかわかり合えないものもある。

 きっとこれからもルミとハルウは支え合っていけるはずだ。

 そうであればいい、とルミは思った。


「……ありがとう」


 ハルウはまた一粒、涙をこぼした。

 それは、うれし涙だったのかもしれない。



 つらい過去の真相を知っても、血の絆が途絶えることはないのだ。







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