表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/34

24.代わりはどこにもいない



 繰り返し繰り返し、しあわせな夢とつらく悲しい夢を見て。

 夢から覚めると、夢よりもしあわせな現実が待っていた。

 アケヒは今までが嘘のように優しくて、甘くて。

 ルミのことを、まるで恋人のように扱ってくれた。

 以前見た夢よりも甘いキスを、何度も何度も、数えきれないほど与えてくれた。

 痛みを和らげるためのキスだとしても、ルミはうれしかった。

 アケヒから触れてくれるのが、とてもうれしかった。




 その日、目を覚ましたルミの眼前に顔を出したのは、アケヒではなかった。

 薄ぼんやりした視界で、アケヒのものではない色を捉えた。


「あ、起きましたか?」


 一瞬警戒したルミにかけられたのは、のんびりとした女性の声。

 聞き覚えのあるそれに、ルミは目をぱちぱちとさせた。


「……あれ? ミンメイ……さん?」

「はい、ミンメイです」


 だんだんと見えるようになってきた目は、微笑む少女を映した。

 淡い栗色の髪に、深い緑の瞳。やわらかな表情。

 間違いなく、ハルウのつがいであるミンメイだった。


「どうして……?」


 ルミは寝起きのかすれた声で問いかける。

 ハルウの城にいるはずのミンメイが、なぜアケヒの家にいるのだろうか。

 まだ思考が回らない頭では、答えが見つからなかった。

 なんにせよ、客の前で寝たままはよくないと思い、上体を起こそうとするが身体に力が入らない。

 そんなルミをミンメイは押しとどめた。


「起き上がらなくてけっこうですよ。

 楽にしていてください」


 ぐっとルミの肩を押さえつける力は、思っていたよりも強かった。

 言われたとおり、起き上がることはあきらめた。

 目が覚めたばかりで身体は言うことを聞かないし、無理に起きては頭痛がひどくなるだけなので、正直助かった。


「わたしがここにいるのは、アケヒさんに頼まれたからです。

 仕事のほうで、どうしても外せない用事があるから、今日一日ルミさんについていてあげてほしいって」


 おとなしく横になったルミに、ミンメイは彼女がここにいるわけを説明してくれた。

 言われてみれば、家の中からアケヒの匂いがしない。

 今、アケヒは出かけているのだと、ここにはいないのだと、ようやく気づいた。


「……そういえば、仕事、休ませちゃってた……んだよね」


 ほとんど寝てばかりいたから、そこまで気が回らなかった。

 ずっとルミについていたということは、仕事に行く暇はなかったということだ。

 ルミのせいで、アケヒに仕事を休ませてしまった。

 負担になどなりたくはなかったのに、迷惑をかけている。

 沈んでいく気持ちをどうすることもできなかった。


「いつも真面目に仕事していた分、まとまった休みをもらえたそうですよ」

「……そっか」

「ルミさんが気にすることは何もありませんよ。

 今はよく寝て、元気になることだけを考えていればいいんです」


 ほわり、とミンメイは安心させるようにルミに笑いかける。

 見ていて心が和むような、そんな笑顔だ。

 少しだけ、気持ちが楽になった。


「……ありがとう」


 お礼と共に、ルミも精一杯の笑みを返した。

 外見はルミよりも年下に見えるミンメイだけれど、やはり中身はルミよりもお姉さんだ。

 傍にいるとなんだか無性に甘えたくなってしまう。

 もう十八になったのに、子どもみたいで恥ずかしくて、そんなことは言えないけれど。


「ご飯は食べられそうですか?」

「少し、なら」


 ルミが答えると、ミンメイはよかった、とまた笑った。

 ミンメイの手を借りて少し上体を起こし、背中にクッションを入れて寄りかかれるようにしてくれた。

 これなら普通に起き上がるよりもだいぶ身体が楽だ。

 自力では身体を支えられないほどに、今のルミは弱りきっていた。


「どうぞ、おかゆです」


 ごくごく普通の卵がゆは、ルミが量を食べられないことをわかっているからか、片手で持てるお椀サイズの皿に軽くよそってあった。

 何度か息を吹きかけてから口に運ぶと、ちょうどいいあたたかさだった。


「おいしい……」


 何か隠し味があるようにも思えないのに、おかゆはとてもおいしかった。

 味つけが優しくて、心がほっと休まる。

 そこにミンメイの気遣いが込められているからなのかもしれない。

 自分で作ってもこの味は出せないような気がした。


 黙々と食べながら、母は料理が苦手だったな、とふと思い出す。

 大切に大切に育てられたために、料理に限らず家事を自分でしたことがなかったのだ。

 父と結婚してからがんばって色々と覚えたそうだが、料理だけは駄目だった。

 使用人もなんだかんだで母を甘やかすものだから、一向に上達する気配がなかった。

 もちろん純血の吸血鬼として、料理をする必要などなかったのだけれど。

 母には母の、理想の母親像というものがあったらしい。

 どうしたら炭にならないのかしら、と悩んでいたことを覚えている。

 そんなことを考えていると、つぅ……と頬をつたうものがあった。


「ルミさん!? どうなさったんですか?」

「ご、ごめっ……」


 驚きを露わにするミンメイに、ルミは反射的に謝った。

 けれど言葉がつまって出てこない。

 ぽろぽろと次々にこぼれてくる涙が、発声の邪魔をする。

 きっと、母のことを思い出していたからだろう。

 懐かしくて、懐かしすぎて。愛おしい記憶に胸がいっぱいになって、あふれてきてしまったのだ。


「いいえ、わたしこそ、ごめんなさい。

 やっぱり、わたしではアケヒさんの代わりにはなれませんね」


 穏やかで、けれど少し寂しげな声音で、ミンメイは言った。

 ルミのものよりも華奢な手が、そっとルミの頭をなでる。

 優しい手つきに心は癒されていくのに、これじゃない、とも思ってしまう。

 ルミが求めている手は、もっと大きくて、もっと硬くて、でも誰のものよりも優しい。

 アケヒの手が、恋しかった。


「そんな、こと」


 ない、とは言えなかった。

 どうしたって、ルミにとってアケヒは特別で。誰かが代わりになるわけもなくて。

 ミンメイはルミを心配してくれていて、その気持ちはとてもうれしいけれど。

 今、アケヒの手を求めてしまっているように。

 他の誰かでは、アケヒ以外では、ルミの寂しさは埋めようがないのだ。

 そう、ルミは気づいてしまった。


「今はゆっくり休んでください。

 寝るまでずっと、こうしていますから」


 背中に挟んでいたクッションを取り、ミンメイはルミを横たえさせた。

 布団の上から、ぽんぽんと軽く腹のあたりで手を弾ませながら、優しい声をかけられる。

 ミンメイは本当に優しくて、いい人だ。

 そんな彼女を困らせるようなことしかできなくて、申し訳なくなる。

 気にしなくていい、とミンメイなら言うのだろうけれど。


 リズミカルな振動に、まぶたが自然と落ちていく。

 過去を思い出すことに頭を使っているせいか、寝ても寝ても寝足りるということはなかった。

 眠りの気配に、ルミは素直に身を任せる。



 次に目を覚ましたときは、そこにアケヒがいればいい、と思った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ