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2.魔界という異世界



 ルミは今、魔界という、地球とはまた違う次元にある世界にいる。

 なんでそんなことになったのかというと……。

 一言で言うなら、さらわれてきたわけだけれど。

 そう説明すると確実に、さらった人であるアケヒが訂正を入れるだろうから、一身上の都合により、ですませておく。

 詳しくは後ほど、ということで。

 まずは今現在の問題は。


「アケヒ! またこんなところに服脱ぎ散らかして!」


 同居人であるアケヒの不精っぷりだ。

 この世界に連れてきた張本人と一緒に暮らすようになって、家事は全部ルミの役割ということになった。

 それは別にかまわないのだけれど、ルミとしては少しくらい協力してくれてもいいんじゃ、と思うわなくもない。


「一ヶ所にまとめてあるだろ」


 そう言うアケヒの視線の先には、洗濯物の山。

 服に下着、何に使ったのかわからない薄汚れたタオル。

 どう見ても、一日で出たとは思えない洗濯物の量だ。


「むしろこんなにどうやってためたのよ!

 洗濯物は毎日出してって、いつも言ってるのに!」

「あ~はいはい、スミマセンデシタ」

「誠意がこもってない!」


 適当に謝るアケヒに、ルミは怒鳴る。

 アケヒと一緒に住むようになって、ルミはよく怒るようになった気がする。

 自分はこんなに怒りっぽかっただろうか?

 そんなことはない。アケヒがすぐ怒らせるようなことをするからだ。


「うっせぇなぁ。細かいことでぐちぐち言うなよ」

「全然細かくなんてない!」


 ボリボリと面倒くさそうに頭を掻くアケヒに、ルミは言い返す。

 住居を清潔に保ちたいという自分の気持ちは間違っていないはず。


「だいたい、毎日洗濯するほど洗濯物出ねぇだろ? 二人分なんだから」


 アケヒの言葉に、ルミはうっとつまる。

 実のところその指摘は正しかった。

 この世界は、日本にあるほど最新のものではないけれど普通に機器類が流通しているらしく、アケヒの家には洗濯機も冷蔵庫もエアコンもテレビも、それどころかパソコンまで存在している。

 ボタン一つで洗濯機が洗濯してくれるのだから、毎日洗う必要はなかった。


「それは、そうなんだけど」

「あっちにいたときのクセが抜けてねぇんだろ、どうせ。いい迷惑だ」

「そ、そんなこと、言わなくたって……」


 たしかに、毎日洗濯物を出すのは施設にいたときの癖かもしれない。

 一人暮らしをしていたアケヒからしてみたら、居候のルミはどう考えても邪魔者だろう。

 迷惑をかけていることくらい、自覚している。

 反論も自然と弱々しいものになった。


「いい加減慣れろよ。

 もう一ヶ月経つんだぜ?」


 ため息をついてから、アケヒはそう言った。

 ルミはうなだれて、手に持っていた洗濯物をいじる。


「無理だよ、そんなの。

 ずっとあっちの世界で暮らしてて、これからもそれが変わるとは思ってなかったのに。

 あんまり外に出してくれないから、なかなか実感もわかないし」


 ルミは、一人では外には出してもらえない。週に一度か二度、ご飯を食べに行くくらいしか外に出る機会はない。

 籠の中の鳥のようで窮屈だという思いだってある。

 でも、それだけではなくて。

 ルミはルミなりに、この世界に早く慣れたいと思っているのに、外に出してもらえないとそれもできない。

 新しい環境で、やる気ばかりが空回りする感覚。

 くじけてしまいそうだ。


「外に出さないのはオマエが弱っちいくせに問題起こすからだろ?」


 その言葉は本当だったから、反論はできなかった。

 この世界で目覚めたとき、アケヒの説明を聞いてもルミは理解が追いつかずに、外へと飛び出したのだ。

 そうして、運の悪いことにかどわかしに出会ってしまった。

 すぐにアケヒが追いかけて来てくれたから大事にはならなかったけれど、一人だったらどうなっていたかわからない。


「最低限、自分の身を守れるようになったら、一人ででも外に出してやるよ」

「そんなこと言われたって……」


 魔界は、日本と比べたら治安が悪い。

 ここ、アケヒの住む地域は特に、住んでいるのは若い人たちが中心だから、気性の激しい人も多いらしい。

 そんなところで、どうやって自分の身を守ればいいというんだろう。


「こんな弱っちい吸血鬼なんて前代未聞だぜ」


 アケヒは呆れたような視線をルミに投げかけてくる。

 そんな目を向けられるほど、自分はおかしい存在なんだろうか。

 吸血鬼というのは、たしかに強いイメージがある。物語の中でのイメージだから、現実は色々と違うところもあるのだろうけれど。

 普通の吸血鬼を知らないルミは、比べる対象がいないからわからない。


「一ヶ月前まで人間だったんだもん。しょうがないじゃない」

「正確には、ニンゲンのふりしてた吸血鬼、だけどな」


 アケヒの的確なツッコミに、ルミは複雑な気持ちになった。

 一ヶ月も経っているのに、いまだに信じられないけれど。

 どうやらそういうことらしかった。


 血が足りなくて死にそうになっていたルミにアケヒはむりやり血を飲ませ、初めて血を飲んだ反動でルミは気を失った。

 次に目が覚めたのは、この家だった。

 人さらい、と気が動転していたルミは言ってしまった。ある意味間違ってない、とアケヒは笑った。

 アケヒが言うには、ルミが血を飲もうとしなかったのは環境のせいもあったらしい。

 あちらの世界は魔族の住む世界ではないから、魔界でなら正常に働く本能が鈍くなる、ということだった。

 さらに、ルミには自分が人間だという長年の思い込みがある。

 だから魔界に来て、吸血鬼として生活しなければ今度こそルミは死ぬだろう、と告げられた。


 ここがルミのいた世界ではないことは、外を見てみればすぐにわかった。

 街並みは明らかに日本とは違うし、何より人とは違う姿をした人が普通にいたから。

 翼の生えた人。角のある人。動物の耳や尻尾を持つ人。人語を操る動物まで。

 アケヒもあちらの世界になじむように術で姿を変えていたそうで、ルミが目覚めたときには、髪の色はド派手な朱金に、瞳の色は水色になっていた。

 魔界というものを認めざるをえなくなり、自分が吸血鬼だということも、渋々ながら認めた。

 目が覚めたとき、あれだけ悩まされた体調不良が治っていたから、というのもある。

 それどころか身体が軽く、いくらでも動けそうな気がした。

 青年の血がルミの栄養となったのは、間違いなさそうだった。


 結局それから、なし崩し的にルミは彼の家に住むことになった。

 家事をしてくれるなら置いてやってもいい、と言われ、他に頼る人もいないルミはそれに飛びついた。

 料理も掃除も洗濯も、いずれ独り立ちをするためにと自分でできるように育てられた。

 料理の腕はすごく上手、というほどではないかもしれないけれど、悪くはないだろうと自分では思っている。

 まずくはない、とアケヒは言う。うまい、と言ってくれたことはない。いつか言わせてみせる、と密かにルミは闘志を燃やしていた。

 それくらいしか、今のルミが張り合いを持てることがなかったから。


「あーあ、なんでこんなん拾っちまったんだろ。

 めんどくせぇ」


 はぁぁ、とアケヒはこれみよがしにため息をつく。

 そうまで言われてしまうと、引け目を感じているルミだって少しはむっとしてしまう。

 でも、実際問題、アケヒに放られたらルミはこの世界で生きてはいけない。

 どうしてこんな奴と、と思ってしまうけれど。


 我慢我慢、とルミは口を引き結んだ。







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