加筆修正後
『あの……』
声を掛けたかった。
部屋を出て、ナースステーションへ向かう途中。
『待って……』
喉まで出たその言葉。
右手だけが前に出ていた。
『ちょっと……』
そう言いかけて声が出なかった。歩み寄ろうとしたが、足が動かない。
そして彼女はエレベーターの中へと姿を消して行った。
「必ず面会に来るから」
前回退院時、僕が彼女へ最後に掛けた言葉。
それから数ヶ月後、ある日の外来診察時に医師に声をかけてみた。
「僕、以前に入院していたのですが、面会などできますか?」
しかし医師の言葉は冷淡で過酷なものだった。
「あなたはその方の親族ですか? それとも違いますか?」
「違いますけど……」
「それでは貴方の面会によって、その患者さんの容態が悪くなった場合、貴方は責任が取れますか?」
そう言われて、僕は言葉を失った。
「では、お引取り下さい」
それだけ言い残して、医師はそそくさと去って行った。
それから彼女には一度も会っていない。いや、むしろ彼女の事など忘れていたと言っても過言ではなかった。そう、今の今までは……。
でも今、その彼女が目の前にいる。名前は知らない。顔の特徴と雰囲気のみを薄っすら憶えているのみだ。しかし、目の前にいる彼女は紛れも無くあの彼女だった。
――「必ず面会に来るから」――
過去の言葉が蘇る。
『あの……』
声を掛けようとした。
『待って……』
喉まで出たその言葉を。
『ちょっと……』
そう言いかけたが声が出なかった。
そして彼女はエレベーターの中へと姿を消して行った。
結果、僕は二度と彼女に会えなくなった。
ただ……、ただ一言、声を掛けて「生きていてくれたんだ……」と、言いたかっただけなのに。
――もう、僕のこの心の涙を流す場所は無い……。
どちらの方が読みやすかったでしたでしょうか?
また、この作品は私個人の体験に基づいた、ある意味ノンフィクションです。




