徒花殺し
たまたま出席番号が連続していた。だからよく話した。
そいつをただの友人として見られなくなって焦ったのは夏休み前。
爆発しろ爆ぜろが社交辞令じゃ済まされなくなった。これじゃ呪詛だ、そう気づいてから話すのを避け始めたのにあいつはそれを知らない。
とにかく鈍い、とことんウザいやつ。
「お前最近どうしたんだよなんかふさぎ込んでさ」
「あ゛?」
「うわ、怖え。凄むなって」
おどけて肩をすくめた同級生は笑う。
「あれか、バレンタインが近づいてるからか」
「絞め落とされてぇのかコラ」
「それはカンベン」
でもさあ、とそいつは俺の席に突っ伏した。
「バレンタインって残酷だよな」
「ありゃ男子には無縁な行事だろ」
「俺たちみたいな男子には、だろ?」
すっかりふて腐れている。モテるわけでもなくリア充でもない男子なら例年そんなもんだ。
「まあな」
「男子が作っても引かれるだけだし」
「何、逆チョコ?お前渡したい相手いんのかよ」
「……別にー。そっちこそいないわけ?寂しいやつ」
「お前もだろ」
動揺は、うまくごまかせただろうか。
とりあえず聞かれた相手がこいつでよかった。自分の恋で手一杯なのが見え見えだっての。俺の腹探るとか百年早えぇよ。
ふと届いた明るい笑い声に耳をふさぎたくなった。――無邪気に笑いやがって、いけ好かないやつ。
そんな笑顔、安売りすんなよ。彼氏にだけ見せとけ。俺に見せんな。
「……なあ、ほんと大丈夫?頭痛いとか?」
見当はずれなことをほざく野郎の頭をとりあえず殴った。
タバスコ入れてやろうか。
七味でも混ぜるか。
わさび入りの手もある。
砂糖と塩間違えたフリとか。
……結局どれもやらなかった。
俺がチキンだからか、食い物はオモチャにできないからか、それとも、ああそんなことわかってるよ。
でもそんな感情俺は認めない。
失敗したって構わない。
どうせ嫌われるためにやってんだから。
と思っていたのに余ったやつを食ったら残念ながらそこそこ食えてしまった。
普段よりも早い時間に乗る電車は空いている。
鞄の中のそれを意識してしまう自分に苛立つ。バレンタインなんて、と馬鹿にしてたのに何なんだこの心変わり。我ながら笑える。
人に見られたくなかったからこんな時間に登校して、でもそれこそ怪しいよな。言い訳はどうしようか。
運動部の朝練はもう始まっている時刻だ。ちょうど昇降口には人気のない、中途半端な空白の時間。
踵を潰した上履きを引っかけ、ついでに隣の靴箱を開ける。まだ来ていないらしい。上履きしかない。文化部だしな。
躊躇うことはしなかった。
ただのビニール袋に入れたそれを無造作にほうり込む。割れたって構うか、どうせたいしたものは入ってない。一筆殴り書きした付箋も匿名のまま貼った。
限りなく自分勝手な一方通行。
誰だか気づくだろうか。気づかずに気味悪く思えばいい。気づいて困惑すればいい。
ほんと、気に食わないやつ。
笑顔なんか向けんなよ、見たくねぇから。
話し掛けんなよ、うるせぇから。
嫌えよ。
頼むから。
そしたら俺もお前を嫌いになれる。
お前なんか好きじゃない。好きになれない。好きになりたくない。
そんな感情、存在自体を許すわけ、
――今俺の中で悲鳴上げたの誰だよ。
そうだ、失敗した。
過去形で書いちまった。
ったく未練たらしい。現在形で書いた方が不審さが増すのに。
結局、優しくしようとするなんて。
嫌われたいのに。
それに気づいたのは、騒がしくなった教室にあいつの声が混じったことに気づいた時だった。
お前のことが好きだったと言ったら?
気づけ。
気づくな。
突っ伏して狸寝入りした机から顔が上げられない。
バレンタインの空気に乗せられて、学校中がやたらと華やいでいた。