表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

作られた勇者【puppet hero】 1

これはこれは、皆様お揃いで。

また、いらしてくださったのですね。


今回は…

「    」

は? いえ、『封魔の勇者』に続きなどございませんよ?

「    」

ああ、そういうことですか。


ならば、お話ししましょうか。

彼の伝承の語られていないウラの部分、名もなきモノガタリたちを…



―――――――――――――――――――――――――――――――――


『勇者と呼ばれた青年:其の一』


 彼が初めに目にしたのは石畳の床、そしてそこに描かれた奇妙な幾何学模様だった。

 頬に触れる床の冷たさ、投げかけられる影、周囲のざわめき、それらを曇りガラスの先のように感じながらゆっくりと身を起こす。――耳鳴りがしている。

 (ここは、どこだろうか。)

 やけにはっきりしない目を凝らすと、人に囲まれていることに気付く。幾何学模様で描かれた円を等分する位置に(ひざまず)く白装束の4人、揃いの鎧を身に付けた男たち、そして金糸で飾られた見事なドレスの少女。全部で10人にいかないぐらいだろうか。――耳鳴りが止まない。

 じりじりと高まる焦燥感、何かがおかしい。

「あの、ここは――" シャラン "――ッ!」

どこですか?という言葉は続かない。のど元に突きつけられた刃とその剣を手にする男の殺気が、それを、許さない。

 情けなくも助けを求め彷徨わせた視線が青い大きな目とぶつかる。映っているのは揺らめく松明の炎、金属の煌めき、そして、血濡れの男―――ああ、何がおかしいって

「…俺、死んだんじゃんか。」

耳鳴りは止んでいた。

           *  *

 かつて、幾度もの戦争がおき、多くの血が流れ、それでもヒトが止まれなかった世界。

 魔法を得ず、科学という普遍を追い、ついにたった一本の指を動かすだけで数多の命を奪い、広大な緑を不毛の地へ変えることができるようになってしまった、平和(・・)な世界。

 そこに彼はいた。ただただ平穏を享受する、ごく平凡な学生として無為に日々を生きていた。矛盾をはらんだ世界に諦観をいだきながらもその日々は続くはずだった(・・・・・)

 それは、大学に向かうバスの中のこと、1人の男が銃を取り出しわめき始めた。所謂バスジャックというヤツである。そんな中彼は立ち上がった、否、立ち上がってしまったのだ。それは本能的な行動だったのかもしれないし、隠れた英雄願望だったのかもしれないと彼は夢想する。ただその時はそうせねばならないと思ったのだ。

 しかし、案の定というべきかパニックになったバスジャック犯はその銃を彼に向けた。普通に考えれば、そんな素人が錯乱して放った銃弾が目標に当たるなどまずないのだが、その弾は過たず彼の胸を打ち抜いた。世界はいつものスピードと色を失い、耳鳴りのような音が響いた。恐ろしくはあったが、未練はなかった。

(…やっと――)

後にどんな言葉を続けようと思ったのかは覚えていない。ただ、あれから6年間ついぞ気にかけてくれた親友とその両親に少し申し訳なく思った。

 享年19歳、この青年―――久遠くおん 音羽おとわは死んだ。少なくとも〈地球〉(元の世界)では。

           *  *

「いいえ、貴方は生きておられます。少なくともこの世界(・・・・)では、そうでなくては困るのです、勇者様。」

 抜刀した騎士を右手で制し、そう言いながらゆっくりと近づいてきたのは先ほどの青い目の少女であった。明らかに自分より年下でありながら、屈強な騎士を従えているのが納得できる威厳と優雅さを持ち合わせた少女の所作に音羽は不安感を募らせる。絶世のとついても何らおかしくない少女の美しさも時代錯誤な服装や言動、何より自分の現状に対する音羽の疑惑や警戒を拭うことはできなかった。それに――と音羽は思う。

 (今、この子“この世界”って言ったよな。しかも俺のこと“勇者”って…)

 御伽噺やライトノベルでもあるまいに――自分が夢でも見ているようだ。それも大いにありそうだ、走馬灯と似たようなものかもしれない、自分は死んだはずなのだし。そんな風に考えを落ちつけようとしてはみたが、タラり、と妙な汗が出る。周囲の虚構じみた様子の数々とは裏腹な妙に現実じみた感覚――先ほど突きつけられた剣の質感、シャツを濡らす血の重み、その匂い、そのどれもが自分の考えを否定する。

 そして、何よりすべてを決定づけたのは

「私はこの〈シュベリエ王国〉の第三王女、アリシア・C・シュベリエと申します。何故死んだはずの貴方がここ〈シュベリエ王国〉に、この世界に生きているのか。それは私たちがそう在るように喚んだからです〈召喚魔術〉によって、勇者たれと。どうか我々にそのお力をお貸しください勇者様、危機に瀕すこの世界をお救いください。」

 音羽の右手をグッと掴んだ両手、申し訳なさそうな、それで決意に満ちた瞳。音羽はそれを知っていた。いつも隣にいてくれた、妙に不器用な親友がヒトリになった音羽に“頼れ”と言ってくれたときによく似ている。

 右手の温かさも少女の意志の強さも夢や幻――紛い物であろうはずがなく、音羽にすべてを事実と断じさせた。その事実は緩やかな絶望を音羽にもたらす―――行かねばならぬ道を、生きねばならぬ運命を明示して


―――――――――――――――――――――――――――――――――



ああ、もうこんな時間ではございませんか。

私そろそろお暇せねばなりません。

「    」

クスッ ええ、まあ私も多忙な身の上なのでございます。

どうぞ、ご容赦くださいませ。


では続きは、またいづれにか……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ