08:魔王様と妄想
魔王様がこちらにいらっしゃってから、早ひと月。
"光陰矢のごとし"とはよく言ったものです。
玉座で焼き菓子を召し上がっている姿など、まったくひと月前には想像もできなかったことでございます。
「いやー我ながら、この順応性には恐れ入るね」
「私は、ひと月前のあのおとなしい魔王様が、何故か恋しゅうございます」
「この椅子でお菓子を食べるなんて、できなかったもんね」
「私も、玉座で焼き菓子をお召し上がりになる魔王様など、聞いたことありません」
「でもねーここに来たときは、ほんとびっくりしたよ。うん」
「ああ・・・魔方陣のまばゆい光の中に降り立つ、凛々しいお姿。漆黒の髪と瞳は畏怖の念を抱かせ、歴代の魔王様をはるかに凌ぐ魔力は、上級モンスターでさえ近づけぬほど圧倒的・・・」
「え。ちょっと、いきなり回想シーン?」
「その強大な魔力を前に恐れ戦き、言葉を発することのできない私に、魔王様は絶対的な支配者の口調でお告げになられました。『よくぞ余を呼び戻してくれた。お前たちに会えて嬉しく思う』と、もったいなくもそのように仰られて・・・」
「いやいや。お箸とごはん茶碗を持ったまま呼び出されたから、フリーズしてたし」
「私はそのお美しいお姿と魔力に魅了され、自然と叩頭しておりました」
「いやいや。思いっきりドン引きしてたじゃん」
「そして恐れ多くも、魔王様は私の肩に手を置かれ、『お前たちには苦労をかけたな』と仰せられました!」
「いやいや。第一声は"おかわり"だった」
「そして魔王様は―――!」
「いいかげんにしろー!この妄想族め!」
魔王様の強大な魔力で、扉が吹っ飛びました。