20:勇者様と新米魔王様
夏の空はどこまでも青く、その美しい碧空を映すかのように、海もまた青かった。
ゆるやかに進む船の上では、船員の談笑と、波の音と、心地よい潮風が通り抜けていく。
もうだいぶ離れてしまったから、港で最後まで手を振っていた人物の姿は、もはや肉眼では確認できない。勇者は青空に囲まれるようにしてそこにある、この世で最も邪悪なモノが住んでいると言われている大陸を、複雑な思いで眺めていた。
邪悪なモノだったはずだ、魔王とその配下どもは。
なのに、あれはどういうことだろうか。
―――私は、誰が傷つくのも見たくない。私を"王"と崇める魔物も、私を"敵"と罵る人間も。
この世で最も忌むべき存在で、残虐非道の限りを尽くしてきた者たちだったはずだ。
魔王はその筆頭だ。故にあれは罠だと考えるのが妥当だ。
だが。
あの目は嘘をつく者のそれではなかった。今まで何人もそういう人間を見てきたが、あの魔王は嘘をついていなかった。ひたすら真摯で、まっすぐだった。
魔王なのに。魔物の王であり、人間にとって最も憎い存在であるはずなのに。
「おかしな魔王だ」
どこか憎めない魔王だった。
今まで見たことの無いくらい、深い黒を宿す髪と瞳。その長い髪をなびかせて、瞳を細めて笑ったのだ。まるで聖女のように。
おそらく、自分など一瞬で消滅させてしまえるだけの魔力を有しているはずなのに、それをせず「また遊びに来い」と言う。
「ふん。魔王のくせに」
「ジーク様、なにか言いましたか?」
魔術で風を操りながら、ショーン―――ともに魔大陸に上陸した魔術師だ―――がたずねた。どうやら風に紛れたと思っていた私の独り言が聞こえたようだ。
「いいや。なにも」
「そうですか。・・・いや、それにしても、変な魔王でしたね」
「お前もそう思うか?」
「はい。だいたい、あんなバカでかい魔力を持ちながら、攻撃ひとつしてきませんでしたからね」
「もしそうなっていたら全滅だったろうな」
「確実に。船諸共。というか、普通なら港にたどり着くまでに一戦くらいありますよ。それもないところをみると、本当に争いごとが嫌いなのかもしれませんね。まあ罠かもしれませんが」
「そうかもな」
「陛下に、どのように報告します?」
「そうだな・・・まあ父上には"ヒマワリ迷路のようなダンジョンを目指し、モンスターと漫才をするような、平和主義の新米魔王"とでも報告するか」
「いや、それは少々問題あると思いますよ」
「他にどう言えと?あの変な魔王を?」
おそらく、歴代の魔王の中でも、とびきり不思議な存在だろう。
それ故、まだまだ未知の部分が多い。
本当に争いを嫌っているのか、それとも罠か。
今後のモンスターの動向もわからない。
「なんとも形容しがたい魔王でしたからねぇ。まあ見た目はけっこうかわいかったですが」
「おい、女好きも大概にしておけよ。また痛い目みるぞ」
「ひどいですよ、ジーク様」
何にせよ、まだあの魔王のことはわからないのだ。
だったら仕方ない。
「遊びにでも行くか」
あの新米魔王をたずねて。
何故かわからないが、きっとあの魔王なら笑顔で出迎えてくれるような気がした。
勇者視点のお話。
次回はきっと、魔王様がまた大暴れ。
あれ?そういえば僧侶(女)が出てない(OUCH!!)