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傲慢なプロ野球監督の三度目の人生

作者: 杜宇 椿
掲載日:2026/10/24

ぶっちゃけ、題名が『傲慢なプロ野球監督の三度目の人生』だけだと寂しいので、なんか目が覚めるような副題をつけたいなーと思ったのですが、思い付かなかったんですよね。

まあ、いきなり、〜のたうち回る儂のこと、ドン引きしないでください~ とか、追加するかもしれませんが、気にしないでください。

〜ここは、現代によく似た異世界〜


「アホー!」

「「ボケー!」」

「「「責任取って、監督を辞めろー!」」」



 球場には、東京ビッグのファンの怒号が飛び交う。



 儂はプロ野球の監督である。



 現役時代は、打者として数々の日本記録を打ち立てたレジェンド。

 現役を引退した年に、引退した球団である東京ビッグに請われて、そのまま監督になった。



 ちなみに、プロ野球のリーグは、セリーグとパリーグがある。

 セリーグにある六球団は、東京ビッグ、東京ドリンク、大阪イエロー、広島レッド、神奈川ブルー、愛知ネイビーだ。

 その中で、儂は東京ビッグの監督を五年間続けている。



 今日は、リーグ戦、最終日だ……。

 今の時間は、午後十時過ぎ。

 最後の打者が三振してゲームセットになった。



 今年度、東京ビッグは、なんと、断トツの最下位。

 今日、負けたことで、リーグ戦での敗戦数最多の日本記録を更新した。



「監督……」 

 儂を見る選手たちの冷めた目、萎縮した目。

 儂はベンチにふんぞり返り、足を組んで座っているが、チッと舌打ちしそうになるのを何とか抑える。

 皆、まったく覇気がない。

 そんなところも気に入らない。

 少しは、負けて悔しがったりすればいいものを。


 

 儂は、ベンチにいる選手やコーチたちを睨む。

 この球団に、敗戦数最多の日本記録という大きな汚点を残してしまった。

 儂が監督の時に、こんな記録を作ってしまったことが恥ずかしくてたまらない。



 まず、なぜ、選手たちは、儂の言う通り動かない。

 儂が言っているのは、儂が若い頃なら出来て当たり前のことばかりだ。

 ここでバント、ここは何とか当ててヒットエンドラン、ここは粘って四球狙い。

 ホームランを打てとは言っていない。

 簡単なことばかりだ。

 それなのに、儂が命じると、失敗ばかりする。

 気に入らない。



 それから、儂より年配のベテランコーチたちの態度もムカつく。

 選手からそのまま監督になった儂のために、球団が付けてくれた数人のベテランコーチたち。

 儂が右を向けば右を向けば良いのに、儂に向かって幾度も苦言を呈してくる。 

 儂がいくら素晴らしい考えを出したところで、褒めること一つしないばかりか、悪い点をあげて批判してくる。

 まったく気に入らない。



 選手やベテランコーチたち……今までは我慢していたが、あえて言葉にしよう。

 お前たち、能力がない。 

 儂の言う簡単なことも出来ず、儂の考えも理解できない馬鹿どもが。



 さすがに、監督として、この場でお前たちに怒鳴り散らすことはしないでやる。

 それくらいの配慮はできる。

 儂は、心優しい男だからな。



「「無能な監督ー! 早く辞めろー!」」

 相変わらず、ファンの怒号が聞こえる。

 儂は、無性に腹が立った。

 無能なのは、選手やコーチたちだ。

 儂ではない。

 

 

 儂が監督になって五年間。

 一年目がリーグ二位。

 ニ年目からは、三位、二位、五位で、今年は断トツの最下位。

 ファンが球団をなじるのは当たり前だが、その責任は、能力のない選手やコーチたちに言ってくれ。



 儂は、来年のことに思いを馳せる。

 儂は、監督として、あと一年、契約を残している。

 この成績は、儂のせいではないし、儂は監督を辞めるつもりはない。


 

 そうだ!

 今いる無能なベテランコーチたちには、最下位になった責任を取らせてクビにするように、球団に進言しよう。

 儂は、野球界のレジェンド。

 儂の言うことに、球団は全て従う。

 当然のことだ。

 無能なコーチたちをクビにして、来年は儂の言うことを聞くコーチを集めれば、少しは風通しが良くなるはずだ。

 そう思えば、少しは気分も上がるというもの。

 


 儂がそう思って、ベンチから立とうとすると、急に胸がぐっと苦しくなる。

 胸を押さえたまま、前のめりに倒れる。



「か、監督ー!」



 目の前が暗くなる。

 儂は、額に青筋を立て、『お前ら早く、救急車を呼べ。愚図が!』と言おうとするが、言葉が出てこない。

 ギリと奥歯を噛む。

 こ、こんな所で死ぬのか……。



 連戦連敗のチームを率いる儂は、日々の苛つきから、酒の量が増えていた。

 それが良くなかったのか。



 動悸が更に激しくなる。

 なんで、儂がこんな目にあう。

 儂は、野球界の至宝だぞ!

 心労が祟ったのは、能力のない選手やコーチたちのせいだ。

 駆け付けるベテランコーチに、暴言を放ってやりたくても、身体が動かない。

 息が上手く吸えなくなり、儂は、そのまま意識を失った。



□□□□□



 俺の名前は、九十九 一(つくも はじめ )。

 九十九という名字は相当珍しく、読み方を聞かれることも多い。

 九十九は、百の一つ手前で、次が百(もも)であることから、つぎもも、それが短くなって、つくもとなったのが由来らしい。



 俺には、何とも不可思議な記憶がある。

 プロ野球選手として大成し、監督にまでなって人生を終えた男の記憶。

 だが、その時の名前も分からず、全体的にうろ覚えな記憶で、夢に違いないと思っていた。

 ただ、夢にしては、現実感があり過ぎた。

 一度も行ったことがない場所でも、なぜだか懐かしく感じ、道順が分かることがある。

 たぶんだが、俺には前世の記憶があるのだと思う。

 


 俺は、前世のプロ野球選手としての記憶があるからか、野球にのめり込んだ。

 少年野球から始まり、中学、高校と野球を続けた。



 ただ、いくら頑張っても、野球の腕は簡単には上がらない。



 バント一つとっても、フライばかり。 

 ヒットエンドランの指示が出て、ゴロを転がそうと思っても空振りをする。

 四球を選ぼうとしても、ストライクになる球をカットできない。



 毎日汗だくになって、練習する日々。

 そのおかげもあってか、野球の中堅高に入った俺は、そこで外野のレギュラーになることができた。

 高校三年生の時に、相手にも恵まれ、地方大会はベスト8まで進出することもできた。


 

 甲子園にも行けなかった俺は、高校を卒業して野球を辞めるか迷ったが、ちょうど独立リーグで合同トライアウトをするという情報を聞きつけ、それに参加したところ、独立リーグのある球団の目に止まり、入団することができた。



 その独立リーグの球団には寮がなかったため、まずは安アパートを借りた。  

 安アパートの部屋は、狭く、居心地が悪かった。

 それに、球団では食事が出ないため、これからは自分で作るために料理器具一式を買い込んだ。

 

 

 そして、球団の練習に参加した初日。

 俺は、同じチームの選手たちの動きを見て、愕然とした。

 俺と動きが全然違う。

 守備では、グローブに吸い付くように捕球し、その後の送球も滅茶苦茶早い。

 打っても、スイングスピードがまるで違う。



 俺から見たら、皆、バケモノだ。  

 こんなバケモノたちでも、プロ野球選手になれないのか。

 俺は、そんな選手たちを眺めていると、心の中の何かが折れた気がした。



 それから、野球漬けの日々。

 俺の手は、素振りをし過ぎて皮がむけてボロボロ。  

 ノックを受け過ぎて、身体中、青痣や擦り傷だらけだ。

 それでも、他の選手との差は縮まった気がしない。

 俺は、正直、どこかでプロ野球選手になることを諦め、惰性で練習をしていたと思う。



 そんな俺に、この球団の監督が声をかけてきた。

 不二樹(ふじき )という名前の還暦をこえた監督だった。

 べらんめえ口癖の言葉遣いは相当悪い監督だったが、選手を責めるコメントは一切言わない監督で、俺のエラーで試合が負けた時も、ベンチで顔を真っ赤にはしていたが、試合後のミーティングでは『ガハハ、監督がヘボだから負けたぁ』と語り、俺を責める発言をしなかった。



「九十九君、ちょっと良いかぁ?」

「監督、何でしょうか?」

「ああ、ここでは話しづれぇな。監督室に来てくれや」

「あ、はい」

 俺は、監督に連れられて、監督室に入った。

 監督は部屋のドアをしっかりと閉めると、俺に部屋にある椅子に座るよう促す。



 俺が椅子に座ると、自分も椅子にドッカと座った。

「九十九君がここに来て、一ヶ月だ。どうだぁ、慣れたかい?」

「は、はい、なんとか」

「それで、単刀直入に聞くが、九十九君はここに何しにきた?」

「……野球をしにきましたが」



 監督は、俺の目をしっがり見ながら、首を左右に振った。

「そんなことを聞いてるんじゃねぇんだ。九十九君の気持ちを聞いてるんだ。ここに入団した者たちは、全員、プロ野球選手になるためにいる。九十九君はどうなんだい? プロ野球選手になりたくないのかい?」

「……ここに来るまでは、プロ野球選手になりたいと思っていました。ただ、皆のレベルの高さを見たら、俺には到底無理だと思いました」



 俺の言葉に深く溜め息を吐くと、俺の両肩をガシッと掴んで話し出した。

「九十九君には未来がある。諦めちゃいかん。今、必死に練習しないで、いつやるんだ。今の気持ちのままで練習していても、絶対に後で後悔するぞ……。プロ野球選手は、絶対なりてぇと心の底から思う者だけがなれるんだ。無理だなんて弱音を吐く暇があったら、身体を動かせ。毎日、死ぬ気で練習しろ」



 俺が、監督の熱意に呆然としながら、動かないでいると、監督はフッと笑った。

「九十九君よ。これは言うつもりはなかったんだがな……。九十九君がバッターボックスで打つ時の姿には、目を引き付ける何かがある。まるで、大打者の素質が身体の奥底で眠っているかような魅力を感じるんだわ……。九十九君がやる気なら、二十四時間、何でも教えてやる。諦めるな。分かったな? ……一緒にやろう」

「は、はい」



 監督は、おもむろに己のポケットに手を突っ込むと、しわくちゃになった五千円札を俺の手に握らせた。

「これで上手いもんでも食え。腹一杯になれば、活力がわく。やる気も出る。明日から、死ぬ気で頑張るんだぞ」

 監督はそう言うと、『ガハハ、喋り過ぎたわ……』と恥ずかしそうに笑って、部屋を出て行った。



 俺は、しわくちゃの札を黙って見つめた。

 その日の夜、貰った五千円で、久しぶりに豪華な夕食を食べた。

 なぜだか、涙が止まらなかった。



 その日を境に、俺は、無理だという気持ちを捨て去り、我武者羅に練習した。

 朝一番にグランドに行き、最後の一人になるまで野球に打ちこむ。

 安アパートとグランドだけを往復する日々。


 

 気がつけば、独立リーグに入ってから三年が経とうとしていた。

 俺の身体は、入団した時に比べて、見違えるほど逞しくなり、バケモノだと思っていた選手たちと、同じ見た目になっていた。



 この三年目の秋。

 これまで親身になって教えてくれた不二樹監督が、急逝した。

 末期癌だった。

 俺は、癌だったことを知らなかった。

 監督は、選手たちに気を使わせないように、癌の痛みに耐えながら、癌のことは家族以外に黙って指導していたらしい。

 それを監督の奥さんから聞いた時、俺は号泣した。



 泣きながら、練習後、監督と一緒に飲んだ日のことを思い出す。

 飲んだ席で、監督になぜミスを怒らないのですかと聞いたら、『ん? 誰だってミスなんかしたくねぇんだ。監督が頭にきて怒ったってミスは減らんよ。逆に萎縮してミスは増える。それよりはなぜミスをしたか、一緒に考えて、直すために一緒にやっていく方がよっぽど前向きだし、選手もやる気が出るだろうがよ……」と、ガハハと笑いながら答えてくれた。


 

 いつでも選手のことを思い遣り、選手に寄り添って考えてくれた監督。

 いつも明るく、ガハハと笑っていた監督。

 俺にとって、本当に尊敬できる監督だった。



 そして、不二樹監督が亡くなったこの年、俺の人生で最大の幸運が舞い込んできた。

 不二樹監督が死ぬ間際に、東京ビッグの新人テストに監督推薦で申し込んでくれていた。

 書類審査に無事に通ることができた俺は、三十人ほどの選手が参加した東京ビッググラウンドでの実技テストも、上手くアピールできたことで、なんと、テスト合格者にもなることができた。

 ……この年の合格者は俺一人だった。



 合格した時の説明で、約三週間後のドラフト会議で、『一応、スカウト部のリストアップの中に載せる、ドラフトで指名するかどうかは、その時の状況で決める』との話があった。



 俺は、ドラフト会議で指名されるかは分からないが、テスト合格してすぐに、監督が眠っているお墓に行き、感謝の言葉を伝えた。

 もし、監督が生きていれば、ガハハと笑いながら、心から喜んでくれただろう。

 俺は、監督の顔を思い浮かべるうちに、涙が溢れた。

 


 そして、ドラフト会議の当日、俺は緊張の面持ちで、アパートの部屋で吉報を待っていた。

 ドラフトで指名されるなら、一番最後の方だろう。

 五時から始まる会議だから、八時ぐらいにはなるかもしれない。



 俺は、ずっとずっと待っていた。

 だが、ドラフト会議で、俺の名前は呼ばれなかった。

 この年、プロ野球選手になることはできなかった。

 監督に恩返しができなかった。

 ドラフト会議で指名されなかったこともショックだったが、何より監督に吉報を伝えられないことが辛かった。



 それから、一週間後。

 俺は、放心状態のまま、日々を過ごしていた。



 俺は気分転換に、球団グランドからすぐ近くの公園を目指して走っていると、目の前の道をサッと横切ろうとする小学生を発見した。

 その子の目の前には、トラックが走っていた。

 小学生はびっくりして動きが止まる。

 そのトラックは急ブレーキをかけたが、間に合いそうにない。



 轢かれる!

 俺は、咄嗟に道に出ると、その小学生を突き飛ばした。

 小学生は、トラックの進路から外れたが、その代わりに俺が真正面からトラックにひかれることになった。



 俺は、トラックに跳ね飛ばされ、宙をまった。

 薄れゆく意識の中で、俺は、はっきり思い出した。

 あぁ、俺は、東京ビッグの監督だったんだな。



□□□□□



 気が付くと、儂は監督に就任して、初のドラフト会議となる一週間前に戻っていた。

 儂は、謎の高熱を出して、救急車に運ばれ、病院のベットで寝込んでいた。

 うんうんと唸っていると、過去にあった二度の人生を思い出した。



 今の儂は、どうやら一度目と同じ、プロ野球選手を引退して、監督になる人生を歩んできたらしい。

 三度目の人生を思い返してみると、傲慢過ぎて、穴があったら入りたい気分だ。

 


 野球界のエリート、レジェンドとして、誰に対しても傲慢に接してきた。

 上手くいけば自分のおかげ、失敗したら人のせい。

 それを儂は、当たり前だと思っていて、何の疑問も持たずに行動していた。

 人間性は最悪。

 三度目の人生のこれまでの行動が頭を駆け巡り、恥ずかし過ぎて、頭を抱えて、のたうち回ってしまった。

 そんな姿を看護師に見られ、驚かれて先生を呼ばれた。

 いや、今は、こんなことをしている場合ではない。

 すぐにでも、動かなければ。



 儂は、熱が下がって退院すると、球団社長、来年度の組閣に入ったベテランコーチ、そして、スカウト陣を集めた。



「皆、急に集まってもらってすまない。今回のドラフト会議について話し合いたい」

 いきなり謙虚に頭を下げる儂に驚く面々。

 あまりの態度の変化に、まだ熱があるのか、頭が痛いのかと心配された。

 まぁ、自分のことが馬鹿過ぎて、情けなくて頭が痛いのは間違っていない。

 熱はないから大丈夫だ。

 入院前の傲慢な態度と真逆と言っていい儂の言動に、皆が不安がり混乱したが、病み上がりで元気がないだけだと誤魔化して、ここは強引に話を進めることにした。



 それにしても、これだけの面々が集まる打合せって凄くないか。

 球団社長は素人だが、ベテランコーチ達は全員が東京ビッグで活躍した人気選手達だ。

 スカウト陣も、ほとんどが東京ビッグで爪痕を残した選手達で構成されている。

 二度目の人生では、こんな方々に会う機会なんてなかった。


 

 一度目の儂は、そんな錚々たるメンバーのことなんか気にもかけず、頼ることもしなかった。

 逆に、煩わしいと距離を置こうとしていた。

    


 ……そう言えば、ベテランコーチ達の忠言を批判と誤解して、クビにしようとしていたな。

 何も分かっていなかった儂。

 だから、断トツの最下位になったんだよ。

「ぬあぁぁぁ」

 俺は、自分が恥ずかしくなって、両手で頭を抱えながら、席に座ったまま、器用にのたうち回る。

 ハッと気付いて皆を見ると、全員がドン引きした顔で儂を見ていた。

 だが、腐っても儂はレジェンドなんだろう。

 誰もが何も言わずに、目を逸らし、今の動きを気にしない素振りで話してくる。



 こ、ここまで、気を遣われていたのか。

 一度目の儂は、非常識なほど偉そうにしていたが、今回のように、目を逸らされていたことを思い出した。

 だが、それに対して、なーんも気付かなかった儂。

 無自覚無神経。

 ぬがぁぁぁ。



 と、とにかく、儂は、謙虚になる。

 そのためには、頭を垂れて、話を聞こう。



 俺は、この錚々たるメンバーがいる打合せの環境を思う存分利用した。

 ベテランコーチ達からは、どんな選手がチームに必要なのか丁寧に確認し、スカウト陣からは、選手の能力だけでなく試合後の態度など、人間性が分かる部分を特に詳しく聞いた。

 球団社長も、素人ながらに、チーム編成で、足りない年齢層などを指摘してくれる。

 皆、素晴らしい。

 全員が、チームのために、精一杯、自分のできることを考えている。

 感動して、もう一度言うが、本当に素晴らしい。



 打合せは長引き、一度、食事休憩を図ることにした。

 儂は、監督用の豪華な部屋に行くと、一人で、球団が用意してくれた弁当を食べた。



 食べながら、一度目の人生のドラフト会議を思い出していた。



 東京ビッグには、慣例がある。

 それは、ドラフトで誰を指名するのかは、監督が最終的に決められることだ。

 儂は、監督になってからの五年間、スカウト陣の話を聞いたふりをして、最終的には自分の好みの選手を選んでいた。

 あの頃の儂をぶん殴りたい。



 儂がドラフトで指名したのは、野球界のエリートたちだった。

 儂と同じように、名門高校で活躍し、甲子園にも出場するような、世間的にも有名な選手を優先して指名してきた。



 もちろん、無名な選手たちにも能力の高い選手がいることは承知している。

 だが、儂は、そういう無名な選手たちのことをどこかで見下していた。

 苦労してドラフトに選ばれるほどになった無名な選手は、華やかなエリート街道を歩んできた儂とは世界が違い過ぎて、どう接していけばいいか分からないし、そもそも指名する気が起きなかった。



 そして、類は友を呼ぶと言うが、儂に似て、傲慢だが繊細なタイプを好んで、指名していたのだと思う。

 その筆頭が、この五年前のドラフトで指名した選手だった。



 その年、甲子園で突出した成績を残し、エリート街道真っしぐらな打者がいて、六球団が競合することになった。

 名前は、真田 叶太(さなだ かなた)。



 儂は、スカウト陣から性格に難ありとは聞いてはいたが無視し、その選手の能力に惚れ込み、ドラフトで指名し、くじ引きで当てることができた。

 この時は、嬉しさのあまり、ガッツポーズをした。

 その儂の姿が、全スポーツ新聞の一面になり、儂はそれを全て集めて自宅の額に飾っていた。 



 だが、その選手、儂の後継者と言われ、チヤホヤされて自惚れたのか、そもそもの性格がスカウト陣の報告通りに傲慢だったのか、先輩たちの言うことも聞かず、自由奔放に振る舞い、能力が伸びなかった。

 入団五年目には、マスコミやファンからトレード要因と言われていたが、素行の悪さから、どの球団からも敬遠される選手になってしまっていた。



 そして、この年、儂がドラフトで取った他の選手も、世間的には有名なエリート選手ばかりだったが、全体的に低調な成績で、五年目でもレギュラーになった選手はいなかった。



 儂は、誰もいない部屋でボソッと呟く。

「そうか……。今の儂なら、一度目の人生の記憶で、どの球団がどの選手を何位で選ぶのか、分かっている。誰が活躍するのかも事前に知っている。今日の打合せで、人間性もある程度分かった。ドラフト会議では、それらを総合して、最適な選手達を指名すれば良いのか……」



 ドラフト一巡目は、くじ引きだが、その後は、完全ウェーバー制だ。

 東京ビッグの今年の順位は四位。

 二巡目は、最下位のチームから順に指名していくため、儂が指名するまでに、先に指名されてしまう選手もいる。

 だから、ある選手が欲しいと思っても、各球団の指名順位を見越して、指名する必要がある。

 そういえば、五年前だと育成選手制度はまだできていない年だな。

 ドラフトの指名のみ考えれば良い。



 儂は、誰を何位で指名すべきか、食事休憩後に再開される打合せ前に、ドラフトの展開を予想して、ウンウンと唸ることになる。

 


………………



 その後、打合せのメンバーが全員集まり、儂も意見を出し、深夜まで話し合った結果、指名する選手が決まった。

 全員の顔に満足感が浮かんでいる。



 まず、指名一位だ。

 大学生の投手だ。

 大学四年生の時に、急激に伸びた選手で、球歴を見れば、エリートとは程遠い人生を歩んでいる。

 卒業した大学もこれまでプロ野球入りした選手はわずか一人。

 一度目の儂なら、絶対に選ばない選手だ。 

 だが、入団一年目からローテに入り、五年目は、18勝7敗の好成績を残す大エースとして、リーグ優勝に貢献した選手である。

 また、後輩の面倒見も良く、秋継塾というものを作り、若手の投手たちの指導も行っていた。

 

【五年目の成績(投手)】

[名前:霜原 秋継(しもはら あきつぐ)] 

[年齢:27]

[防御率:1.99] 

[勝利数:18]

[敗戦数:7]

[ホールド:0] 

[セーブ:0]

※ドラフト外れ外れ一位で、東京ドリンクに入団していた



 指名二位は打者。

 こちらも大学生で、高校時代は非強豪校なのに、控えに甘んじていた。

 大学に入ってからは成績が伸び、ドラフトにかかるまでの選手になった。

 入団後、二年目で頭角を現し、三年目から四番に君臨していた。

 四年目、五年目と連続してホームラン王に耀いている。


【五年目の成績(打者)】

[名前:来原 大治郎(きはら だいじろう)] 

[年齢:27]

[打率:.288] 

[安打数:175]

[本塁打数:41]

[盗塁数:2] 

※ドラフト二位で、神奈川ブルーに入団していた



 指名三位も打者。

 こちらは高校生。

 三年目までは鳴かず飛ばすの成績だったが、四年目に覚醒。

 それから安打製造器と呼ばれ、五年目は首位打者になっている。


【五年目の成績(打者)】

[名前:三溝 有久(さみぞ ありひさ)] 

[年齢:23]

[打率:.333] 

[安打数:192]

[本塁打数:2]

[盗塁数:10] 

※ドラフト四位で、広島レッドに入団していた



 指名四位は投手。

 社会人二年目からの入団だ。

 この投手も無名のまま社会人に進み、そこで才能が開花した選手だ。

 一年目から大車輪の活躍。

 毎年六十試合以上に登板しても故障なしの身体から、鉄人と言われていた。


【五年目の成績(投手)】

[名前:海堂 晋弥(かいどう しんや)] 

[年齢:25]

[防御率:2.98] 

[勝利数:3]

[敗戦数:3]

[ホールド:34] 

[セーブ:5]

※ドラフト五位で、パリーグの球団である北海道ゴールドに入団していた



 指名五位も投手。

 高校生だ。

 北海道にある弱小高校の出身。

 もちろん、甲子園にも出ていない。

 左腕で150キロをこえるストレートを投げる本格派となり、入団三年目から年10勝以上をあげるエースになった。


【五年目の成績(投手)】

[名前:加我 徹(かが とおる)] 

[年齢:23]

[防御率:3.63 ] 

[勝利数:11]

[敗戦数:7]

[ホールド:0] 

[セーブ:0]

※ドラフト五位で、愛知ネイビーに入団していた



 指名六位は打者。

 こちらも高校生。 

 入団時は、足が早いだけが取り柄の無名な選手だったが、入団してから鍛えられ、リーグ屈指のリードオフマンに成長した。

 五年目は、打率3割をこえ、盗塁王になっている。


【五年目の成績(打者)】

[名前:土門 帯刀(どもん たてわき)] 

[年齢:23]

[打率:.312] 

[安打数:178]

[本塁打数:1]

[盗塁数:40] 

※ドラフト七位で、大阪イエローに入団していた



 そして、最後の指名七位。

 その選手は、儂が性格を一番よく知っている人物だ。

 その名は、『九十九 一』。

 『九十九』という名字は珍しく、名前も『一』。

 同姓同名は有り得ない。

 第二の人生の俺だ。



 儂は、この選手の名前をドラフト会議用の名簿で見つけると動きが止まった。

「あ、あの、監督?」

「あ、ああ、この九十九君は……」

「今年の新人テストで、合格した選手です」

 球団社長が怪訝そうな顔で発言する。

「監督、ずいぶん前に、お話をしたと思いますが……」

「あ、ああ、そうだったか。すまない」

 一度目の儂は、新人テストで合格した選手を選ぶつもりがなかったからか、合格者が出た話自体をスルーしていた。



 俺は、動揺しながらも希望を出す。

「そ、その、あの、そうだな……」

「は、はい?」

「この九十九君は、必ず指名するぞ」

「え、あ、はい」

 選ぶために、新人テストで合格にしたのだ。

 当たり前のことを言う儂に、更に怪訝そうな顔で頷く球団社長だった。 


 

▽



 ドラフト会議当日。

 儂は、会議が開催されるホテルに、三時間以上前に着いた。

 ホテル内に入ってすぐ、『プロ野球 ドラフト会議』と書いてある掲示板を目にすると、なんだか涙が出てきた。

 三度目の人生になって、本当に涙もろくなったな。



 会場に向かうと、会場入り口には十二球団の旗が掲げられていた。

 東京ビッグの旗の前で、儂は深々と頭を下げた。

 そのまま、会場に併設された控室に入り、ドラフト会議が始まるのを待つ。

 控室は、落ち着いたクラシックの音楽が流れ、ゆったりと心地よい空間になっていた。

 懐かしいな。

 一度目の人生と一緒だ。

 儂は目を瞑りながら、ずっと、音楽を聞いていた……。



………………



『それでは、これからプロ野球ドラフト会議を始めまぁぁす!』

 アナウンサーの張りのある声が部屋に響く。

 会場に設置されている大型スクリーンにオープニング映像が流れ、ライトアップの演出で会場が綺羅綺羅と輝く。 



 部屋には、各球団の関係者の他、ドラフトを間近に見るための観客席の抽選に当たったファンがいる。



 ドラフト会議の舞台に用意された十二の丸テーブルと備え付けられた椅子。

 その一つに儂は座っていた。

 儂の隣には、球団社長が緊張した顔で座っている。

 


 これから、東京ビッグの運命を決めるドラフト会議の開始だ。

『まず、第一巡選択希望選手!』

 アナウンサーが、各球団の第一巡選択希望選手を読み上げていく。

 会議室内に、緊張が走る。 

 観客席にいるファンも、各球団が誰を希望するのか、固唾を飲んで見守っている。



『まず、北海道ゴールド、真田 叶太』

『広島レッド………』



 そして、東京ビッグの番になった。



『東京ビッグ、霜原 秋継ぅぅ!』

「「「えええー!」」」

「「「何ぃぃー!」」」

 ドラフト会場が騒然となる。



 儂は、真田のことを機会がある毎に褒めちぎっていた。

 儂が真田を指名することは、公には宣言していないが、誰もが真田を選択希望すると思っていたのだろう。

 会場のザワザワが止まらない。



 騒然とした雰囲気のまま、各球団の指名が続く。

 指名が公表されるたび、観客席から声が上がる。

「おぉぉぉ!」

「また真田!」

「おーこうきたか!」

 ………………。

 …………。

 ……。



 全球団の一巡目の選択希望が終わった。

 その結果は…………。



『希望が重複していない球団は、選手が確定しましたぁぁ! 東京ビッグは、霜原 秋継選手だぁあ!』

 アナウンサーの興奮した声が会場内に響き渡る。



 儂は、アナウンサーの確定の声に頷く。

 まずは、ホっとした儂は、十二球団の第一巡選択希望選手を眺める。

 儂の記憶通り、真田は東京ビッグが希望しなかったことから、五つの球団の競合になった。



 どの球団がくじを当てるのか。

 五つの球団の関係者が抽選の舞台に立ち、運ばれてきた白い箱、この運命の箱の中から、一枚ずつ、抽選のくじを取っていく。

 全球団がくじを受け取り、一列に並ぶと、そこから漂う独特な緊張感が、儂にまで伝わってきた。


 

 一斉にくじを開けた。

 


『おおーと! くじを引き当てたのは、北海道ゴールドだぁ! 監督が高々と当たりぐしを掲げているぅぅ!』

 北海道ゴールドの監督が、興奮した顔で、当たりくじを高らかに揚げたまま、『よっしゃぁぁ!』と叫んだ。

 観客席のファンからも悲喜こもごもの叫び声が上がる。



 パリーグの北海道ゴールドになったか。

 北海道ゴールドの監督は、選手時代、相当ヤンチャだった。

 真田も馬が合って、活躍するかもしれない。

 自分の席に戻った北海道ゴールドの監督は、待ち構えていたゴールドの関係者達と熱い抱擁を交わしている。

 よっぽど嬉しかったのだろう。



 ……その後、真田を外した球団が、次々と新たな選手を希望していく。

 外れ一位で重複した選手は再度、くじ引きだ。



 

『第一巡選択希望選手、終了ぉぉぉ!』




 第一巡選択希望選手が確定し、二十分間の休憩を挟むと、第二巡選択希望が始まる。

 次の儂の希望は、来原だ。



 来原を二位希望で予定しているはずなのは、神奈川ブルーだ。

 今年のリーグ戦の成績は三位だ。

 四位である東京ビッグの方が先に希望できる。



 儂は、東京ビッグの希望の順番を待つ。

 来原は、東京ビッグの順番まで呼ばれなかった。

 儂は、来原を希望した。



 儂が来原を希望すると、神奈川ブルーの関係者がいるテーブルが急に慌ただしくなる。

 舌打ちも聞こえてきた。

 来原を先に希望されて、予定が狂ったのだろう。

 儂は、思わず、神奈川ブルーの関係者がいるテーブルに向かって、頭を下げようとしてしまった。

 いや、いかんいかん。

 神奈川ブルーが来原を選ぶのを事前に知っているはずはないんだ。

 頭なんか下げたら、儂が知っていることがバレてしまう。

 

 

 神奈川ブルーは、結局、儂が指名する予定のなかった高校卒のスラッガーを希望した。



 ……次の三位から六位までの指名も、順調に、希望の選手を獲得していく。



 そして、七位の指名になった。

 儂は、予定通り、第二の人生の俺を指名した。



『東京ビッグ、七位でなんと独立リーグの九十九選手を指名! 私の持つ資料には、情報がありません。どんな選手なんだぁぁ!』


  

 アナウンサーが驚愕の叫び声を上げている。

 


 儂は、九十九一を指名すると、自分が選ばれたことのように嬉しくなったが、顔色は変えずに、テーブルの下で、誰にも気付かれないように軽くガッツポーズをした。



 やっと七位までの希望が終わった。

 ドラフトの結果だが……儂が欲しい選手は、全員指名することができた。

 大成功のドラフトだ。

 心地良い達成感が心を包む。



 儂は、ドラフトが無事に終わり、安堵の顔で、球団社長に頷く、

 社長も笑顔で頷きながら、儂と握手をした。

 


 ……それで、ドラフト後の評価だが、世間的には名前がそれほど出ていない、無名の選手ばかりを指名した東京ビッグが最悪との評価が多く、評論家によっては100点満点中30点と酷評する者もいた。




▽



 ドラフト会議が終わった次の日。

 儂は、意気揚々と球団社長がいる部屋に向かう。

 部屋に入ると、儂を見て椅子から立ち上がる社長。

 儂は、そのままで良いと頷くと、社長に向かって、満面の笑みをしながら言う。

「社長、そう言えば、欲しいメジャーリーガーがいるんだ。3Aで燻っている打者二人と投手二人の計四人だ。すまないが、獲得を検討してくれないか?」



 この四人、東京ビッグではないセリーグとパリーグの球団と契約して、日本で大活躍する助っ人たちだ。

 他球団には悪いが、東京ビッグのためになることだから、先に獲得させてもらう。

 この償いは何をしよう。

 他球団に何か便宜を図る訳にはいかないし、滝にでもあたって、懺悔するか。


 

 社長は、儂の突飛な意見にまた驚きながらも、『3Aなら、年俸は、それほど高くないですよね……』と呟きながら、頷いてくれた。



 そして、もう一つ、お願いをする。

「社長、今から一週間後、数日だが旅行に出掛けたい。独立リーグに行きたいんだ。独立リーグの視察とともに、指名した九十九君に挨拶するつもりだ」

「えええ! 監督自ら、独立リーグに行って、挨拶するのですか?」

「ああ、そうだ。儂は、これから球界のためにできる限りのことをしようと思っている。折角、独立リーグの選手を指名したんだ。独立リーグの練習環境を見て、儂に何ができるか、考えていきたい」



 今から一週間後。

 小学生が轢かれそうになったあの日。

 儂は自ら、あの公園に赴き、小学生が飛び出す前に止めるつもりだ。



 そして、内緒で、不二樹監督のお墓にお参りしたい。



 それに、二度目の俺に会うのも楽しみだ。

 儂に会って、どういう態度を取るだろう?

 驚くかな?

 感動するかな?

 儂は、二度目の俺に、心から尊敬されるような監督になるつもりだ。

 それこそ 不二樹監督のような人格者に。



 儂は、二度目の俺に、最初に言う言葉は決まっている。



 『ガハハ、一緒にやろう』だ。



 おしまい

こちらの短編、お楽しみ頂けましたでしょうか?


現在、連載中の『戦国憑依伝! 俺はクッキー』ですが、更新は滅茶苦茶遅いですけど、執筆は続けております。


構想は出来ているので、何とか日々、執筆を積み重ね、更新していく予定です。

『エタるんじゃねえぞ……』と激励のブックマークと★★★★★の応援を、この短編と、何より『戦国憑依! 俺はクッキー』に頂けると、とっても嬉しく、きっと執筆速度が上がると思いますので(他人事!)、よろしくお願いしまぁぁす!


現在連載中の拙作

『戦国憑依! 俺はクッキー』

https://ncode.syosetu.com/n8411iq/

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