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魔王を倒しに行ったら、育児が待っていた1

 王都の南にある門をくぐると、沿道は溢れんばかりの民衆でごった返していた。


「勇者フレッド様。魔王を倒してくださり、ありがとうございます」


 俺は熱狂的な歓声に、片手を顔の位置まで上げて曖昧な笑みを返した。


「ミリウス様、ルシアン様、万歳!」


 首を捻って後ろに目を向ける。

 一歩後ろからついてくるのは、共に魔王討伐の旅に出ていた治癒術師のミリウスと魔法使いのルシアンだ。二人も俺と同じように、民衆へ愛想笑いを浮かべる。


 一年中温暖で過ごしやすい王都だが、俺の背中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。もちろん寒いからではない。


「偉業を成し遂げたのに、なんて謙虚な方達なの」


 黄色い声が上がり、俺たちは居心地悪く歩速を上げた。

 門から大通りをまっすぐ進むと、城がある。城までの道のりは、声援や紙吹雪が舞い、それらが途切れることはなかった。


 早くここを通り過ぎたい。そんな気持ちしか湧いてこなかった。





 荘厳な城の前まで辿り着き、守衛が強固な両開きの扉を開く。

 緊張からゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込み、城の中へ足を進めた。


 白を基調とした彫刻が並び、豪華なシャンデリアの光が煌めく。眩しくて、目を細めた。


「フレッド」


 後ろからルシアンに小さな声で名前を呼ばれた。俺を気遣うような声色に、勇気付けられる。俺は胸を張って赤い絨毯の上を歩いた。


 正面にあるのは、謁見の間へと通じる扉。騎士が緊張した面持ちで扉を開ける。


「魔王討伐を果たされし、フレッド・ビアス、ミリウス・オルコット、ルシアン・ハーヴァード前へ」


 別の騎士が朗々と名を呼び上げた。

 眼前に広がるのは、絢爛な大広間だ。奥の一段高くなった場所に、威風堂々と玉座に座る王がいる。


 後ろにある大きな窓から差し込む逆光で、王の顔は見えなかった。

 俺たちは片膝をついて、頭を垂れる。静寂の中、この場の全ての視線を集めていることに、萎縮する。


「面を上げよ」


 王の力強い声が響き渡った。

 俺たちはゆっくりと正面に目を向ける。


「陛下、貴き御前にて拝謁の栄誉を賜り、……光栄の至りにございます。この度魔王を討伐し、無事王都へ帰還いたしました」


 孤児で平民の俺は、礼儀作法に疎い。

 王都に戻るまでに、ミリウスから習った言葉を思い返しながら声を張る。緊張のしすぎで少し声が裏返ってしまったり、詰まってしまったところはあるが、言葉を間違えはしなかったはずだ。

 王がゆっくりと頷く。


「甚大だった魔物の被害もなくなった。魔王討伐、心より感謝する」


 王の声に再び頭を下げた。

 労いの言葉を賜るが、罪悪感で押しつぶされそうになる。

 本当は魔王を倒すことが、できなかったのだから。


「感謝の印として、お前たちの望む褒賞を与えよう」


 俺は奥歯を噛み締めて、唇の震えを止める。一呼吸置いてから口を開いた。


「大変光栄にございます。我々からの願いは、魔物に襲われた町の復興にございます。傷を負った町や人をお救いいただきたく存じます」

「……そうか。お前たちは私益よりも公共の益を望むのだな。勇者フレッド、お前の願い、確かに履行しよう」


 王の言葉に胸を撫で下ろす。

 謁見の間を後にすると、様々な色のバラが咲き誇る中庭に連れて行かれた。


 テーブルの上には見たこともないようなご馳走が並び、匂いで腹の虫が騒ぎ出す。

 立食パーティーのマナーなど分からず、空腹だったが手をつけはしなかった。


 勧められる酒は「まだ19歳ですので」と断り、賛辞は口元に笑みを浮かべて乗り切った。

 疲れているから、と早めに祝賀会から逃げだす。


 城を出ると、王都の東端にある自宅まで走った。

 全速力で駆け、荒くなった息を整えるように大きく息を吸う。

 小さな小屋の扉を引いた。蝶番がギシリと軋む。


「遅かったな」


 我が物顔でイスに踏ん反り返るのは、艶のある漆黒の髪と月のような金の瞳を持つ10歳の少年だ。名前はユーリ。赤い角と尖った耳が、人間ではないと証明している。この子供が魔王だなんて、誰が想像できただろうか。


「こっちにも事情があるんだよ」


 俺はグラスに水を注いで一気に飲み干した。


「早く家に連れて行け」

「ここが家だが?」


 おかしなことを言うユーリに、俺は眉を顰める。ユーリは顔を青くした。


「倉庫じゃないのか? よくこんな狭い場所に住めるな。オレの風呂より狭いぞ」


 口元がピクピクと引き攣る。このクソガキ、と襟元を掴んでやろうかと思ったが、反対の手で押さえて耐えた。


「ではフレッドさん、ユーリ様のことをよろしくお願い致します」


 うやうやしく頭を下げるのは、魔王ユーリの側近という名のお守り役である、ダークエルフのヴェルナー。

 俺は諦めに似た気持ちで「ああ」と頷いた。


「ユーリ様、ここで人間のことを学んでください。人間は滅ぼすべきものではありません」


 ユーリは両手で耳を塞ぎ、そっぽを向いた。ヴェルナーの話など聞いていない、とでもいうように。

 ヴェルナーは肩を落とす。


「なにかあれば、連絡をください」


 ヴェルナーから通信機を受け取る。俺が「わかった」と返事をすれば、ヴェルナーは転移魔法を発動する魔法陣を足元に展開させた。眩しい光に包まれて姿を消す。


 俺はヴェルナーに、魔王を育てることを押し付けられた。


「おい、腹が減った。食事を用意しろ」


 傲慢な物言いに、大きなため息を吐く。


「いいか、ここではユーリも食事を作る手伝いをするんだ。働かないのに食べることはできない」

「オレは帰る。今すぐにヴェルナーを呼べ」


 去ったばかりのヴェルナーを呼ぶことを要求されて、頭が痛くなり、額を押さえた。


「帰れるのは、ユーリが人間のことを軽んじなくなってからだ。ほら、立って。外の畑で野菜を収穫するから」


 ユーリは足を組んで明後日の方向を向いた。態度はでかいが、足が床に届いていないから、下ろしている足がプラプラと揺れていて微笑ましいような気もする。


 やる気のないユーリを家に残し、外に出て葉物野菜を収穫した。

 部屋に戻るとユーリは顔を顰める。


「オレは葉っぱなど食べない」

「葉っぱじゃなくて野菜だから。というより、ユーリは働いていないから食事は抜きだけどな」


 ユーリはショックを受けたように、目を大きく見開いて固まった。


「……それならこの街を灰燼と化すか」


 恐ろしい呟きに耳を疑う。だがユーリには、それができるだけの力があった。体を抱いて身震いする。


 簡単なことからやらせるか、とハードルを下げることにする。今まで甘やかされてわがまま放題なお坊ちゃんだったユーリには、小さな成功体験を積ませて、働く楽しさを覚えさせた方がいいのかもしれない。


「俺が食事の準備をしている間に、テーブルを拭くならユーリの食事も用意する」


 台拭きを濡らして絞り、ユーリに渡した。ユーリの手から台拭きがふわふわと浮かび、テーブルの上を縦横無尽に駆け回る。


「おい、魔法を使うな!」

「なぜだ? こっちのほうが楽だろう」

「人間は魔法を使える人は少ないんだ」


 魔法はほんの一握りの限られた人にしか使えない。もちろん俺も使うことはできない。


 人間のことを知ってもらうには、人間と同じ生活をしてもらうのが一番だ。

 ユーリは不満そうに口を尖らせている。


「今日は目を瞑るが、明日からは自分でやれよ」


 ユーリは返事をしなかった。


「ユーリ、返事は?」


 ユーリは口を引き結んで、目線を逸らす。俺は大きく息を吐いて、袖をまくった。


「ユーリの好物は?」

「ふわふわのオムレツだ」


 だんまりだったユーリは声を弾ませた。生意気だが、食べ物で気分が浮上するような、可愛いらしいところもあるようだ。


 聞いたこともないような料理じゃなくてよかった。オムレツなら俺でも作れる。


 パンとサラダとチキンソテーを作り、オムレツも焼いた。ユーリの望むふわふわかは分からないが、焦げ目のない鮮やかな黄色の上にケチャップで猫の絵を描いて、見た目はとても可愛らしい。自画自賛して、出来栄えに満足する。


 テーブルに並べると、ユーリはサラダを俺の方にずらした。そして俺のオムレツを自分の元まで引き寄せる。

 俺は素早くサラダとオムレツを入れ替えた。


「野菜も食べろ」


 ユーリは眉間に皺を刻んで頬を膨らまし、不満を顔全体で表している。

 俺は気にせずに「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。


 ユーリはケチャップの絵には特に触れずにオムレツを一口サイズに切る。喜んでくれるのではないか、と期待してしまった自分が恥ずかしい。明日から描くのはやめよう。


 オムレツを一口食べると、ユーリは目を輝かせる。どんどん口に運んでいき、無邪気に頬張る姿は魔王には見えない。


 あっという間にオムレツはなくなり、ユーリの目が俺の食べかけになっているオムレツを凝視する。

 俺は残りをユーリの前に差し出した。ユーリは嬉しそうに、それもペロリと食べ切った。


「美味しかったか?」

「オレの城でシェフとして雇ってやろうか?」

「美味しかったってことだな」


 自然と口元が緩む。

 一人暮らしで、自分のためにしか料理をしたことがない。誰かに食べてもらって喜ばれるのは、嬉しいことだと知る。


 チキンを食べた。普段通り塩を振っただけの簡単な味付けなのに、いつもより美味しく感じたのは、目の前で美味しそうに食べるユーリのおかげなのかもしれない。





 食事を終えて食器を洗い、ユーリには風呂を勧めた。


「狭っ!」と驚愕に目を見開いた後に、哀れみの目を向けられた。今までは俺の家より広い風呂に浸かっていたようだから当然かもしれないが、俺は10歳の子供にそんな目を向けられて泣きたくなった。


 ユーリが上がると、入れ替わりに脱衣所へ入る。

 鏡に映る自分に目がいった。

 明るい金の髪も空色の瞳も、疲労のせいかくすんで見えた。

 ゆっくり風呂に浸かって、早めに寝ることに決める。

 




 夜の9時に一人用のベッドにユーリと二人で寝転がった。


 ユーリは狭いだとか、こんな早い時間に寝られないだとか文句を言っていたけれど、10分後には寝息が聞こえてきた。

 掛け布団を蹴飛ばすから、掛け直してやる。


「寝ていると、普通の子供みたいだな」


 口を開けた無邪気な寝顔を見て思わず漏れた。

 ふと光沢のあるツノが目についた。人間にはないものだから、興味を引かれて手を伸ばす。ツルツルとした手触りで、少し冷たい。


 ユーリはイヤイヤするように、後頭部を枕に擦り付けた。

 俺はそっと手を離す。触られるのは苦手なのかもしれない。

 仰向けになって、顎まで布団を引き上げる。


「疲れた……」


 俺は大きなあくびをして瞼を下ろした。

 思考が急速に溶け、夢の中へ落ちていく。


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