エピローグ
「あら、起きたのね。」
私が部屋に入ると、彼が目を覚ましていた。ベッドから上体を起こし、カーテンの靡く窓から外を見ていた。
私に気づいた彼はこちらを見る。私と目が合うと、彼は目を細めて笑った。
「体の調子はどう?決着後すぐ気絶して、それからずっと寝ていたけれど。」
コップに注いだ水を手渡した。彼は小さくお礼を言ってから受け取り、こくこくと喉を鳴らして飲み干す。
「大丈夫だよ。すっかり全快して……んん?」
「どうかしたの?」
「いや、気のせいかな。前よりもむしろ軽くなってるというか。これもアリスさんのおかげ?」
「やっぱりそうなのね。」
彼が不思議そうな顔でこちらを見つめた。
「多分だけどソフィの仕業ね。あの後すぐ私は君の元に向かったんだけど、その時君からソフィの魔力も感じたの。」
「師匠の?それは戦ったからとかじゃないのか?」
「じゃないわね。もっと体の内部の、深い部分からよ」
「うーんそう?よくわかんないけど。」
「今、君が気を失ってから二日なんだけどね。」
そこまで言うと、彼は私の言いたい事に気が付いたようだった。ハッとした表情でこちらを見る。
「二日にしては回復が早い?」
「ええ。私が着いた時には大きな傷はほとんど治りかけてたし、あれだけ大規模な戦いをした割に、魔力量もそこまで少なくはなかったの。」
「てことは」
「ソフィが最後に、君に自分の魔力を渡して行ったんでしょうね。」
「……そっか」
彼は噛み締めるように言った。
そこで会話が一度止み、沈黙が訪れた。
彼は再びぼんやりと窓の外を見つめた。そよ風と木葉の擦れる音、小鳥の鳴き声が私たちの間を通った。
「師匠はどうなった?」
彼が口を開いた。その口調こそ質問の体を取っていたが、彼も答えは分かっているようだった。
あくまで確認、あるいは、その事実を第三者から聞くことで、改めて受け入れようとしたのだろうか。
「死んだわよ。私が着いた時には既にね。勘違いしたら駄目よ、ソフィは――」
「大丈夫、わかってるよ。師匠が死んだのは俺を回復したからじゃない、だろ?それは師匠の最期の悪足搔きみたいなもので、師匠はあの魔法を使った時点で死ぬのが決まってた。」
「……知ってたのね。」
「戦いの後、師匠と話した時に聞いた。師匠の考えも全部な。」
「そう、そうだったのね。ソフィはなんて?」
「大切な人達を守りたかった、だそうだ。俺やアリスさんと暮らせて幸せだったってさ。」
彼からは全てを聞いた。
本当に身勝手な子だと思った。勝手に居なくなった上に、その理由は勝手に私達のためだなんて。
悲しみと後悔、苛立ちや不満の入り混じった感情が私の胸に溢れる。そんな私を見透かしたのか、彼は穏やかに語りかけてきた。
「師匠を止められたのも、師匠と話す機会を手に入れられたのも、全部アリスさんのおかげだ。本当にありがとう。」
「……何言ってるの。私は場を整えただけで、戦って勝ったのは君でしょうに。というか、私の協力を取り付けたのも元はと言えば君じゃない。」
「アハハ、そうかなー」
「君のおかげよ、私の方こそありがとう。それと、本当にお疲れ様。」
私は彼の頭を撫でた。照れくさそうにする彼にも構わずくしゃくしゃと撫でていると、私の頭にも彼の手が伸びてきた。
「でもやっぱり、アリスさんのおかげでもあるだろ。二人とも頑張ったよ。」
彼に頭を撫でられた。私と違い、その手付きはひどく優しいものだった。
「……ふふっ、そうね。」
私たちは互いを労い合った。彼は、どこか満足気な顔をしていた。
それから、彼の入浴や着替えを済ませ昼食をとった私たちは、人里からは少し外れた、街のよく見える崖の上に来ていた。目的は、ソフィの遺体を埋葬することだ。
「この辺でいいでしょう。ここなら見晴らしもいいし。」
「ソフィには、自分が傷つけたものと、自分が守ろうとしたものを見せつけてやりましょう。」
「……アリスさんも意外とそういうとこあるよな」
彼が何か言った気がしたが、今回は見逃してあげる事にする。
魔法で浮かせて運んできた棺から彼女の遺体を取り出し、掘った穴の中に寝かせた。
今一度彼女の顔を見たが、とても穏やかな表情で眠っていた。残された私達の事も知らないで、やっぱり自分勝手な子。
「穏やかな顔してるな、師匠。あんな事しといて。」
「ええ。きっと君の事が嬉しかったんでしょうね。」
掘った土を魔法で再び元に戻す。丁寧に埋め、用意していた墓石も設置した。
私たちは各自花を供え、墓石の前に立ち、彼女との記憶を振り返りながら目を閉じる。
一通り終わって、彼女の墓を去ろうとした時、彼が私に質問をしてきた。
「まだ花が残ってるけど、それは?」
「ああ、これはね。この近くにソフィの……ずっと昔の弟子のお墓もあるの。せっかくだから彼女の所にも行きましょう。」
納得した様子で分かった、と返した彼は、素直に私の後ろを着いてくる。
少し離れた所で、彼が足を止めた。私が彼の方を見ると、彼は彼女の墓の方を向いていた。そのため表情は見えなかったが、その声は彼女を悼むようで、それでいて晴れやかだった。
「お疲れさまでした、師匠。」
これにて完結です。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
一本のお話を書ききったのは初めての事で、結構楽しかったです。




