第四話 夜更け
「魔力の固形化?」
「ええ。ソフィとは全く違うでしょう。」
あれから数日、彼の体は既に完成しており、私は図書館の中庭にて彼に魔法の稽古をつけていた。
「ああ。師匠はむしろ……」
「魔力を流動的に動かす、でしょ。」
「そう、それだ。」
『最高峰』――何かと同列に語られることが多いものの、私とソフィでは魔力の扱いや魔法がまるで違う。まるで、というよりもはや真逆と言った方が適切かもしれない。
「魔力属性の概念は知ってるわよね。」
「うん。俺は『闇』で師匠は『夜』だっけか。」
「そうよ。そして私のは『壁』なの。」
「ああ、だからアリスさんは結界とかに長けてるのか。」
「そうね。その認識であってるわ。」
「君は『壁』って聞いてどんなイメージを持つ?」
問いかけられた彼は少し困ったような表情をした。何とか問いを咀嚼して答えを出そうとする。
「うーん、壁、壁かぁ。固い……?あ、もしかして。」
「たぶん君が思った通りよ。私は魔力を凝固させるのが得意なの。そうすることで結界を作り出したり、あとは――」
指先に魔力を集めた。人差し指と中指の間に薄い黄金が徐々に形を作る。実体を得た刃が風を切り裂いて飛び、同様に私の魔力で作られた結界に突き刺さった。
「今のはナイフ?」
「ええ。こんな感じで武器を作ったりもできるわ。戦闘に使うならこれがメインになると思う。」
「戦闘に使うって、簡単に言うけど俺にできるのか?それはアリスさんの『壁』があってこそなんじゃ……」
「ソフィにできた事は大体君にもできたでしょう?確かに複雑な結界を張ったりはできないけど、魔力を任意の形に固めるくらいは余裕よ。」
「ソフィと戦うのなら、ソフィに教わった技術だけで挑むのはダメよ。それじゃあ彼女を超えることはできないもの。」
「だから今からアリスさんの技術を学んで師匠の虚をつくってことか。」
「そうよ。いきなり実戦レベルは難しいでしょうからまずは簡単に――」
私が言い終わる前に、彼の周りに5本もの黒い剣が姿を現した。
「なるほどこんな感じか。あ、でもこれ制御がちょっと難し……あっ。」
剣の群れは少し震えた後、彼の意に反し動き出した。彼の精一杯の制止も虚しく、速度を増した剣は図書館の建物へと向かっていく。
しかし外壁を傷つけることはなく、直前で顕在化した黄金の壁によって弾かれ消滅する。
「一度見ただけでここまでできたなら上出来よ。制御や操作はおいおい……あら?」
「珍しい顔してるわね。もしかして、結構焦ってた?」
「ああ。てっきり図書館を傷つけて怒られるかと。」
「それくらいじゃ怒らないわよ。むしろそんなことできたら褒めてあげるわ。」
「え?」
「この図書館にはいくつか結界魔法がかけてあるけど、そのうちの一つには攻撃を防ぐ効果があるの。だからやれるものならやってみなさい。」
「……ふふっ。」
彼のキョトンとした様子を見て私は思わず吹き出してしまった。忘れていた往日の記憶が蘇る。いつか、こんなやりとりをソフィともしたんだったかしら。
「君は本当に彼女の弟子ね。」
「ええ……どういう意味?それ。」
「光るモノで満ちてるってことよ。安心して。絶対に強くなるわ。」
これは彼を勇気づけるための甘言でも、私の勝手な期待でもなかった。長年魔法とともに生きてきた私の人生そのものがそう言っていた。ただ強い確証だけが私の中にはあった。
そして彼はその予感通り、いやむしろ、それを上回るくらいに成長した。
全力の私と正面から戦ったとしても善戦できる、そう断言できる実力。スポンジのように、という言葉があるけれど彼は正にそうだった。教えたことをすぐに飲み込んでいく。教える側として、これほどに教え甲斐があることはなかった。かつて、ソフィが嬉しそうに彼の成果を自慢しに来た気持ちがやっと分かった気がした。
私の魔法、その基礎的な部分については、彼はものの数カ月程度で完璧と言えるほどに習得した。彼は私に応用も習うつもりだったようだが、私は自分の扱う魔法をすべて教えることはしなかった。ある程度の方向性だけ指導しつつ、あとは深域での実戦で自分に合ったやり方を模索してもらった。
結果としてこの方針は功を奏し、彼は数多くの深域を葬った。各地を飛び回り、大量の魔物を屠り、彼は多くの人を救った。当然、彼の存在も衆人の知るところとなった。彼の英雄的な活躍を見た人々は、彼が夜を追っていることにあやかって、『夜警』の名でその栄光を称えた。
だが状況はそれほど喜ばしくはなかった。
件の『魔物のいない深域』、以前は稀に現れる程度だったそれは、その出現頻度を増していた。深域を消滅させる最も有効な方法は内部の核となる魔物を殺すこと。しかしこの深域には魔物がいないため、消滅のさせようがなかった。出来ることと言えば、結界を駆使して拡大を防ぐというその場しのぎの対応だけだった。
それらの深域は決まってソフィの魔力が感じられた。かつてのソフィへの疑念はもはや確信へと変わっていた。
日に日に夜が更けていく。いつどこに発生するか分からない深域。夜に飲まれる恐怖を人々は感じていた。そんな状況だからこそ、人々の『夜警』への期待の眼差しが強まった。彼こそが、この地に生きる人にとっての希望の灯だった。
そして、ソフィの失踪から四年が経過した、ある冬の夜の事だった。夜の警邏、私の元で修行を始めてから習慣と化したそれを彼は行っていた。雲が空を覆い、少しの雪が降っていたが、その習慣は変わらなかった。
普段通りだった。いつもと同じ、ただ一点だけ違うことと言えば、天候も相まってその日は一際夜の気配が深かった。
少し雪の積もった平原で彼は立ち止まる。冷たい空気、月明かりのない暗がり。辺りを満たす夜の中、僅かに空気の揺らぎがあった。彼は見紛う事無くその存在を知覚する。
「やっと会えたな、師匠。」
「……一応隠密したつもりだったんだけどな、やるね宗一。」
闇の中、偉大なる『夜の主』ソフィ・ラフォレが姿を現した。




