第三話 不朽の叡智
「魔女はね、魔力への適性が極めて高いの。だから扱う魔法の質も一般人のソレとは段違い。」
「私の魔法なら君の魔力適性を魔女の域まで引き上げられるわ。まあ、君は男の子だから『魔女』とは言えないけれど。」
「魔法の訓練をするのなら、まず君の基礎能力を底上げした方が圧倒的に効率的だわ。」
「そんな事ができるのか……是非やってほしい。」
私の提案を、彼は願ってもないといった様子で受け入れた。そんな彼の様子に私の胸はチクリと痛む。
「ただ……この魔法、というより魔力適性を高めることには副作用もあるわ。」
「見た目は同じでも、魔力適性の高いこの体はもはや人ではない。だから私たちは寿命がとても長いの。」
――『もうかれこれ二百年ぐらいになるのかな』
彼はソフィの言葉を思い出したらしい。加えて、成長するのは自分ばかりで、彼女は出会った頃からまるで姿が変わっていないとも指摘した。
「副作用はそれだけ?」
「ええそうね。言ってしまえばそれだけよ。人であることを捨てさえすればいいわ。でも――」
「他人と同じ時を歩めないというのは、存外辛いものよ。それでもいいの?」
「君の気持ちはよく分かったし、君の覚悟を無下にするつもりも決してないわ。ただ、これだけは絶対に知って貰わなきゃいけない。」
「アリスさん。」
再び、彼が私の言葉を力強く遮った。
「俺はもう決めたんだ。師匠の事をちゃんと知るためならなんだってするよ。」
「師匠もそうなんだろ?もしかしたら師匠の気持ちに近づけるかもしれない。」
「師匠も貴方も、永い時の中できっと辛い思いをしたことがあったと思う。それがどんなものかは今の俺には計り知れない。それでもいいんだ、俺はやるよ。」
「……そうね。変な事言って悪かったわ。」
「アリスさんがそんな顔する必要ないよ。これは俺の選択なんだ。それに、人間じゃなくなっても、他人と同じ時間を過ごせなくなっても大丈夫さ。そうなっても、アリスさんは一緒にいてくれるだろ?」
「……ええ。」
そこまで言って私は目を閉じた。一度大きく息を吐き、両手で印を組む。
「じゃあ、魔法をかけるわね。」
「うん。お願いします。」
彼の足元に魔法陣が幾重にも現れる。それらは図書館の床の上を滑るように回転し、徐々に大きくなりながら黄金の光の粒を吐き出す。魔法陣の拡大が止まり、一息に収縮する。同時に部屋中に舞う金色は彼の体へと吸い込まれていく。
「終わったわ。」
「もう?なんか、あんまり実感ないけど。」
「君はもともと魔力への親和性が高かったからね。昇華させるのに拒絶反応も特になかったし、まあ才能ね。試しに、そこの本棚にある本を、あっちの本棚のと全部入れ替えてみて。もちろん君はその場から動かずにね。」
「魔力だけでということか?物を2、3個動かすくらいならできるけど、流石にそれじゃダメだよな。」
「まさか。そんな少しずつな訳ないでしょう?一度で、全部やるのよ。」
「……まあ、やってみるよ。」
彼は両手をそれぞれの本棚の方へと向けた。手先に魔力を込め、数にして数百冊はある本を空想上の手で掴む。
彼の黒い魔力で包まれた本が一斉に棚から羽ばたいた。浮かんだ本はすれ違うように一斉に交差し、対岸の本棚にすっぽりと収まる。
「すごい……本当にできた。」
「ね?意外と簡単でしょう。ゆくゆくはこれをもっと早く、そして意識をしなくてもできるようになってもらうわ。」
私がそう言う間に、私の黄金の魔力に抱かれた本たちは、それぞれ元居た場所に戻る。その光景を見た彼は感嘆の声を漏らしていた。
「明日からは具体的な魔法の訓練を始めるわ。今日のところはもう終わり。何度も言うけど君はしっかり休みなさい。それに、いくら才能があると言ってもその体も馴染ませるには少し時間を置く必要があるわ。」
「ああわかった。アリスさん、本当にありがとう。」
「何でもないわ、これくらい。」
部屋を出て、彼とソフィの「家」へと戻る彼の背を私はただ眺めていた。
ソフィは、人間をやめてしまった彼を見てなんて思うのだろう。
私達が身をもって味わってきた悲しみを、前途ある彼に背負わせてしまった私に怒るのだろうか。それともまた、いつものように――かつてあの子達が散っていったときのように、一瞬だけ悲しそうな顔をして、またすぐにあの無理した笑顔に戻るのかしら。
宗一君の真っ直ぐな目には敵わなかった。彼がきっと苦しみの道を、自分から選んでしまう事は分かっていた。分かった上であんな言い方。あんな提案をするだなんて、私はなんて非道いのでしょう。
彼が望んだ事だけれど、それでも彼と貴女を戦わせてしまう事もよ。本当は私がすべきだったのでしょうね。
貴女がどうしてこんな事をしたのかなんて知らないけど、きっと貴女も私も、少し長く生き過ぎたのね。貴女がただ裏切るだけな人じゃないってことは、私が一番信じているわ。少なくとも私は、貴女と同じ苦しみを知っている筈だもの。――知っている筈だったのにね。独り籠って、こうなるまで、唯一の親友を失うまで気付けないだなんて笑えるわ。
――『アリスさんがそんな顔する必要ないよ』『そうなっても、アリスさんは一緒にいてくれるだろ?』
彼は本当に良い子ね。この言葉を聞いて、私は凄く嬉しかったわ。苦しみを共有する人は居ても、自分からそうしようだなんて人はいなかったもの。どの口で言ってるのって話だけれど、本当に、嬉しかった。
――『師匠が帰ってこない』
貴女は本当に自分勝手ね。一人突然、何も言わずに姿を消して。彼にこんな悲しい顔させるんじゃないわよ。本当に――
「本当に、一体どこにいるのよ。なんで何も言ってくれなかったの?ソフィ……」




