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冬椿、雪中に咲く朱色い華 ― 井伊直弼異伝  作者: eto
第二章 凍れる水面
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第二章・第二話 凍れる水面(弐)

― 決められないという選択 ―


評定は、再び同じ議題に戻った。

戻った、というより――離れられなかった。


言い換えは尽きている。

遠回しも、婉曲も、すでに使い切られていた。机の上には、選択肢が並んでいる。並んでいるだけで、どれも手を伸ばされていない。


「選ぶという言葉は、使えませんな」


その声は低く、淡々としていた。

だが、その一言で、場の空気が固まる。


紙をめくる音がした。

筆先が硯に触れ、離れる。何も書かれないまま、墨だけが滲む。


「形だけでも、示すべきでは」


その提案は、途中で宙に浮いた。

形を示せば、名が要る。その先を、誰も口にしない。


「時を区切る案は」


「その“時”を、誰が定める」


短い応酬だった。

だが、それで十分だった。


沈黙が落ちる。

それは考えるための沈黙ではない。

決めないことを、互いに確認する沈黙だ。


誰もが気づいていた。

意見が割れているのではない。

仕組みが、そこにない。


かつては、最後にまとめる者がいた。

今は、その席が空いている。

空席であることを、誰も口にしない。


「本日は、ここまでと致しましょう」


その言葉に、安堵はなかった。

終わった感触もない。ただ、逃れたという感覚だけが残る。


評定所には、紙の山だけが残った。

名のない紙、決まらなかった記録。

それらが、静かに積み重なっている。


凍れた水面は、張りつめきっていた。

踏み出せば割れる。

だが、割れた後に立つ場所が、どこにも見えない。


だから、誰も踏み出さない。


――この状態は、長く続かない。

続かないことだけが、確かだった

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