第二章 凍れる水面(壱)
― 保たれている秩序 ―
江戸では、雪は降っていなかった。
それでも空気は重く、どこか凍りついたように動かなかった。往来に人は多く、声もある。だが、それらは互いに交わることなく、薄い氷の上を滑るように流れていく。
評定所では、刻限通りに人が集まった。
顔ぶれは揃っている。席も空いていない。だが、誰もが最初の言葉を探しているようだった。口を開けば、何かを決めねばならなくなる。その重さを、全員が等しく知っている。
議題は、すでに分かっていた。
新しいものではない。前から机の上に置かれていたものだ。外のこと、内のこと、そして先延ばしにされ続けてきた問題。どれも、避けては通れない。
言葉は慎重に選ばれた。
断定を避け、含みを持たせ、結論を先送りする。意見は出るが、形にはならない。誰かが声を強めれば、別の誰かがそれを和らげる。その繰り返しが、場を支配していた。
机の上には、書付が積まれている。
現場からの報せ、諸藩の意向、過去の決定事項。紙の量は増えているのに、決まったことは少ない。
「慎重であるべきでしょう」
その言葉に、異論は出なかった。
慎重であることは、誰にとっても安全だった。
だが、時間は中立ではない。
動かぬまま積み重なれば、それ自体が一つの選択になる。
凍れた水面は、まだ静かだった。
張りつめてはいるが、割れてはいない。




