幕間 風向き
朝の市は、いつも通りだった。
魚の値が少し動き、米の量を量り直す声がして、道の端では昨日と同じ場所に荷が積まれている。誰も急がず、誰も立ち止まらない。
それでも、何かが違っていた。
説明できるほどの変化ではない。
ただ、声の高さが揃っている。言葉が、少しだけ短い。挨拶に、余計な一言が添えられなくなった。忙しいわけでも、不機嫌なわけでもない。ただ、先を見ている。
「今日は、早めに閉めるそうだ」
誰かがそう言い、別の誰かが頷いた。
理由は聞かれない。理由を聞くほどの話ではない、という扱いだ。だが、その「聞かれなさ」が、以前とは違う。
役所の前を通ると、出入りが整っていた。
人は多くない。だが、流れがある。誰かが指示を出す様子もない。皆、同じ方向へ動いているだけだ。
――決まったのか。
そう思って、すぐに打ち消す。
決まった、というほどの話は聞いていない。触れ回る声もない。だが、決まった後の動きだけが、先に来ている。
茶屋では、話題が途中で切れた。
名前が出そうになり、別の話に変わる。意識しているわけではない。ただ、そうした方が楽だと、皆が知っている。
「今は、余計なことを言わない方がいい」
誰かが小さく言った。
それに反論は出ない。
何を言わないのか。
それは、はっきりしていない。
だが、「言わない方がいい」という感覚だけが、静かに共有されている。
昼過ぎ、風向きが変わった。
大きな変化ではない。暖かくなったわけでもない。だが、吹く方向が揃った。旗が、同じ方へ傾く。
それを見て、人は判断する。
風に逆らわない。
立ち止まらない。
夕刻、門の外で、誰かが立ち止まって空を見上げていた。
雲は少なく、遠くがよく見える日だった。こういう日は、何かが動く。理由はない。ただ、そういう日だ。
名は聞いていない。
役目も知らない。
それでも分かる。
もう、戻らない。
夜になって、灯がともる。
町は静かだ。だが、静かさの質が違う。眠る前の静けさではない。整えられた静けさだ。
朱は、ここからは見えない。
だが、風向きだけは、確かに変わっていた。




