06. 痛みの呼応
「ほら、紬……俺の誠意、見て」
玲衣は上擦った声でそう言うと、その場で跪き、頭を畳に押し付けた。
「ごめん…嘘ついて、自分のことしか見えてなかった。
お前のこと好きなのに、何にも思いやれてなかった」
――こんなこと、紬の目を見て言えないから。
「傷付けてばっかりでごめん」
狭い視界から、紬がわずかに揺れたのが見えた。
「ごめん……」
「やめてよ」
「やめない。お前が許してくれるまでやめない。
もう無理矢理、紬が嫌がることしない。
もう一生、俺とセックスしなくたっていい!」
無言。
「許せよっ!こっち見ろよ!」
玲衣は畳に額を擦り付ける。
「愛してる。
紬に嫌われたら、俺、生きてけない……」
その言葉に、紬の指先が小さく震えた。
けれど顔は上げない。
呼吸が浅く、喉の奥で何かを飲み込む音がする。
「知らないよ、そんなの…」
玲衣は畳に滲んでいく涙と血の混ざったもの見つめながら、かすれた声で言った。
「……ごめん」
「遅いよ」
その言葉だけが、静かに落ちた。
叱責でも、嘲りでもなく、
もう立ち上がる気力すら残っていない声。
玲衣はそれでも、頭を下げたまま動かない。
紬は小さく息を吐く。
膝を抱えたまま、畳の上を滑るように二人分だけ移動すると、ちょうど玲衣の横だった。
「……別に、許すとかじゃない」
冷たくも優しくもない、どちらにも揺れる声。
「玲衣のこと、人として好きだから…
しばらくは、俺の言うこと聞いてもらうから」
玲衣はやっと顔を上げる。
唇が腫れて、涙と血でぐちゃぐちゃになった顔。
「触ってもいいし、たまになら」
紬は顔を背ける。
「あと、俺も……こんなんで、ごめん」
「つむぎ……」
玲衣は紬の肩を包み込むように抱きしめるが、紬がそれを振りほどく。
「……夕飯は、全部俺が食べたいものだから。
玲衣は文句言わないでよ」
「……うん、何でもする」
……
週末、家を出て初めて玲衣と俺は玲衣の実家に帰った。
玄関を開けると、懐かしい香り。
玲衣のお母さんは、久しぶりの息子の姿に、すごく喜んでいた。
玲衣も、何だか照れくさそうだったけど、肩の力が抜けて表情も柔らかくなっていた。
夕食に唐揚げを沢山揚げてくれて、久しぶりにごはんをお腹いっぱい食べて。
ゆっくりと熱い湯船に浸かる。
――ああ……生き返る。
こうしてひとりになると、まだこの前のことが恥ずかしくて消えたくなる。多分、玲衣も同じだ。
――俺たち……かなりヤバかったと思う。
俺と玲衣は、どこか壊れてて、よく似てる。
よく分かってるようで、実は全然わからなくて。
好きなのに、ときどき嫌いになったり。
――あ―あ、やっぱり、お風呂の節約はお休みしようかな。
夜、家を出るとき、玲衣のお母さんは、紙袋いっぱいの食べ物や手作りのおかずを手渡してくれた。
街灯の白く味気ない光が二人を照らす。
お互いがなんとなく、そう思って、手を繋ぐ。
「紬……」
玲衣が立ち止まる。
紬が玲衣を見る。
「俺のこと、受け入れてくれて…ありがとう」
紬は玲衣の意図が読めない。
「紬のこと……友達以上で見てること」
紬は応えない。
靴の先でアスファルトを軽く蹴る。
「だから、その代わりに。
絶対幸せにするから、紬は俺が守るから……一生一緒にいてください」
玲衣は耳まで赤くなって目を伏せる。
紬は繋いだ玲衣の手にそっと反対の手を重ねる。
「……うん」
それから、吹き出して小さく笑う。
「それってプロポーズ?」
「別に、いいだろ」
一気に恥ずかしくなってそう言うと、玲衣は紬の手を引いて早足で歩き出す。
「じゃあさ、玲衣の昼食代、大学へはお弁当持ってってよ?」
「えー、なら紬は、高い化粧水とベタベタな液買うのやめろよな」
――やっぱり、温かい。
きれいじゃなくてもいいんだ。
今俺たちは、失った何かをとり戻してる途中なんだから。




