04. 入らないセックス
「……ああっ…」
布団の上で、裸の紬が息を洩らす。
玲衣は紬の前を扱き、会陰に唇を寄せる。
紬は腰を浮かし、後ろへ逃れようと腕へ力をこめる。
「……紬」
熱を帯びた玲衣の吐息が肌に触れるたび、腰が疼く。
「も……イキそう」
「いいよ」
玲衣が咥えると、紬の内腿が震えた。
余韻をゆっくり味わうと、玲衣はわざとらしく喉を上下させる。
「……飲んだの?」
「うん」
上体を起こした紬は、羞恥なのか不満なのか分からない目で玲衣を見る。
起こした身体を、玲衣がそっと押し返す。
「約束、しただろ?」
紬の瞳に不安の色が揺れる。
「大丈夫、ちゃんと気持ちよくするから」
玲衣は紬の太ももを開かせると、内側を伝って入口まで舌を這わせた。
この前の続きじゃない、ただ、確かめたいだけ。
…
「今日はバイト入れてないからさ、買い出し行かない?」
数刻前の夕方。
大学から帰ってきた玲衣は廊下で着替えながら、六畳間の紬に呼び掛ける。
閉めかけの襖から顔を出した紬が、嬉しそうに頷く。
玲衣がその柔らかな髪をくしゃっとなでると、紬は目を閉じて小さく微笑んだ。
同じ家に住んでるのに、二人でゆっくり過ごす時間はそれ程多くない。紬は勉強があるし、玲衣はバイトで家にいない日の方が多い。
沈黙に水を差すテレビの音も、隣室から聞こえる生活音にも邪魔されない。
スーパーと家を往復するわずかな距離が、久しぶりの二人だけの時間だった。
「紬、持てるか?」
玲衣は紬の腕に食い込むスーパーの袋を上に持ち上げる。
「大丈夫だよ、これくらい」
紬は苦笑しながらも、促されるまま細い腕を袋の持ち手から抜く。
「引越しバイトのおかげで腕、結構太くなったと思わない?」
玲衣が得意げに袋を掲げる。
「うーん、それよりも、その境目くっきりな日焼けが気になるかな」
紬がからかうように言った。
――こうしていると、高校の頃と何も変わらない。
どちらともなくそう言葉にして、胸に懐かしさが広がる。
静かな夕暮れの坂道。
沈黙も、風も、ふたりを包み込むようにやさしい。
「……紬さ、この前のことだけど」
改まった声で、玲衣が言う。
数日前の、台所でのこと。
「嫌いになった?俺のこと」
少し間をおくと、紬は静かに首を横に振る。
「ならないよ、玲衣なら…」
呼吸が一瞬揺れる。
「大丈夫」
「じゃあ……続き、しない?」
玲衣はただ足元を見ながら、呟くように言う。
それがただの欲なのか、紬の言葉を確かめたいだけなのか、自分でもわからない。
紬は少しだけ目を伏せると、いいよ、と短く答えた。
「でも、勉強…あるし、俺、家にいると不安で――」
玲衣は笑いながら、首を傾げた。
「まだ一年もあるんだろ?」
そして、静かに言う。
「大丈夫だよ、紬なら」
――約束。
紬はぼんやりと薄明かりの窓枠を見つめる。
ローションと一緒に玲衣の指が入ってくる。
眉間に皺を寄せ目を閉じる。
前の方の刺激に意識を向けると、かすかに熱を帯びた声が漏れた。
指が増え、舌先が入口の境目をなぞる。
「紬、入れるよ」
前の方の刺激が止む。
玲衣の身体が紬の顔に影を落とす。
足を開かされても、身体が受けつけない。
玲衣は紬の腰を持ち上げ、肩に足を掛けさせる。
はっきり露わになった箇所に、紬は顔を背ける。
「入らない、……力、抜いて」
――いつもそう言われる。
脳裏を掠めそうになる映像を、紬は必死に拒む。
意識しないようにすればするほど、身体が強張る。
胸の内に波のようにざわめきが広がる。
――玲衣……やっぱり、怖い。
「ごめんなさい……」
泣きそうな掠れ声が玲衣の耳に届くと、熱が急速に失われていく。
「……いいよ」
玲衣はそっと紬の身体を解放し、何も言わずに部屋を出ていった。
襖が閉まる音のあと、静寂だけが残る。
紬はゆっくり目を閉じる。
気がつくと、すぐ隣に玲衣がいた。
部屋着に着替え、裸のままの紬をタオルケット越しに撫でている。
「ごめん……愛してる」
「なぁ、こういうのも、いいな」
玲衣が呟く。
紬は小さく頷くと、満足そうに玲衣の胸に顔を埋める。
玲衣はその頭を抱き寄せ、やわらかく微笑んだ。
けれど、その安らぎの裏でかすかな不安が黒いインクのように滲む。
紬との関係は、確かに進んでいる。
それなのに、玲衣は、自分がどこか違う道を歩いている気がした。
触れ合えば触れ合うほど、ほんとうの何かが遠ざかっていくような――。




