第7話 竜王と精霊
少しの時が流れ、リリアは再び試練の場へと立っていた。
今日は“竜の精霊”の試練。
竜の国の加護を真に受け入れる者として、精霊と心を通わせる儀式だ。
リリアの前には澄んだ湖が広がり、その奥底から光がゆらめいていた。
アシュレインは少し離れた高台から見守っていた。
家臣のセリオン、セリナ、ユウもその傍らにいる。
「今回は少し危険です。精霊は気まぐれ……時に、力を暴走させます」
セリナの声に、アシュレインは静かに頷いた。
「分かっている。……だが、これは彼女の歩む道だ」
そう言いつつも、その金の瞳は微かに揺れていた。
リリアを信じたい――けれど、守りたい。
その狭間で、竜王の心は静かに燃えていた。
* * *
湖の光の前に立ったリリアは、胸に手を当てた。
「……私は、大丈夫。アシュレイン様が見ていてくれるから」
静かな祈り。
すると湖面が波打ち、眩い光が立ちのぼる。
水の中から、巨大な竜の影が姿を現した。
『……小さき者よ。お前の心を見せよ。』
声が頭の奥に直接響いた。
リリアの手が金の光に包まれる。
だが次の瞬間、精霊の気が急に荒れ狂った。
『弱き光め……お前には、この力は早すぎる!』
轟音とともに、湖の水が竜巻のように渦巻いた。
リリアの体が宙に浮かび、風に呑まれていく。
「――リリア!!」
その叫びと同時に、空が裂けた。
金色の光が天から降り注ぐ。
巨大な竜の翼が風を切り裂き、アシュレインの姿が現れた。
「アシュレイン様!?」
リリアがかすかに声を上げると、彼はまるで光の矢のように湖へと飛び込む。
金の鱗が光を反射し、湖の精霊の暴風を押しのけた。
『竜王……!? なぜここに!』
『我が番に手を出したことを、悔いるがいい。』
その声は雷のように響き、精霊の光が怯えるように沈んでいく。
アシュレインの瞳が金に燃え上がる。
「リリアに触れるな――我の番を、脅かすことは誰にも許さぬ!」
空気が震え、湖の波が静まり返る。
彼は片腕でリリアを抱き上げ、そのまま光の中から舞い上がった。
風が止む。
静寂の中で、アシュレインはゆっくりと彼女を見つめた。
「怖かったな、リリア」
「……でも、アシュレイン様、私……失敗して……」
「違う。おまえはよくやった。精霊は“我が力”を恐れたのだ」
金の翼が静かにたたまれる。
その胸に抱かれたまま、リリアは涙をこぼした。
「どうして……あんなに怖かったのに……アシュレイン様に抱かれると、安心するんです」
「それでよい。おまえは我の番――我が翼のもとにいる」
アシュレインはリリアの額に唇を寄せ、そっと囁いた。
「もう離さぬ。たとえ世界が崩れようと、我が手で守る」
その誓いは夜風よりも熱く、竜の国の空に響いた。
高台から見ていた家臣たちは息を呑んでいた。
セリオンが苦笑を漏らす。
「……また抱き上げてますね」
ユウが頷く。
「もはや儀式の一部なんじゃ……」
セリナは微笑みながら、小さく呟いた。
「リリア様が無事なら、それでいいのです」
金の翼が月明かりを反射し、ふたりを包み込む。
その姿は、まるで伝説に語られる“竜王と光の姫”のようだった。




