第6.5話 竜王の胸に眠る夜
試練の夜。
竜の国の空は、星が近い。
光の粒が降るように瞬き、風には小竜たちの眠る気配が混じっていた。
リリアは広いバルコニーに出て、空を見上げていた。
今日の試練を終えたばかりの身体はまだ少し震えている。
けれど、それは恐怖ではなく、胸の奥の熱のせいだった。
「……アシュレイン様」
ぽつりと呟くと、背後から金の光が揺れた。
「眠れぬか」
静かな声。振り返ると、アシュレインがいた。
月の光を背に立つ彼の髪は、まるで光そのもののように輝いていた。
「……はい。なんだか、まだ夢みたいで」
「夢ではない。おまえは確かにやり遂げた」
そう言って、アシュレインはリリアの肩に外套をかけた。
そのまま彼女の髪に触れる指先が、そっと震えたのをリリアは感じる。
「リリア。おまえが我の手を離れても、風が我の代わりにおまえを包んでいた」
「……アシュレイン様」
その名を呼ぶたび、胸の奥で何かが温かく広がっていく。
「……それでも」
アシュレインは静かに、しかしどこか甘い声音で続けた。
「やはり、おまえはこうして我の腕の中にいるほうが、落ち着く」
言葉の後、彼は迷いなくリリアを抱き上げた。
星の光がふたりを包み込む。
リリアは驚きながらも、もう抵抗はしなかった。
「……また、抱き上げてるんですね」
「ふむ。これは“我が竜王としての務め”だ」
「それ、少しずるいです」
そう言いながらも、リリアの声は笑っていた。
アシュレインもまた、低く柔らかな笑みを漏らす。
「いいのだ。おまえが笑ってくれるなら、我は幾度でも抱こう」
胸元に顔を寄せると、鼓動が静かに響いた。
その音が、不思議と安心を呼ぶ。
遠くでセリナが廊下の影から小さく微笑んでいた。
「……ほんと、あの方はリリア様には甘いんだから」
隣でユウが小声で呟く。
「もうあれ、完全に保護という名の溺愛ですよね」
セリオンは軽く肩を竦め、夜風に銀髪を揺らした。
それでも誰も止めようとはしなかった。
――この国で、竜王の笑みを見たのは何百年ぶりのことだから。
リリアはその胸に身を預けながら、
静かに目を閉じた。
「おやすみなさい、アシュレイン様」
「眠るがよい。我が光よ」
星々が瞬く夜、竜王の腕の中で、
リリアは穏やかに、そして確かに幸せの中で眠りについた。




