第2話 名前で呼んでほしい
リリアが目を覚ますと、そこは光に満ちた宮殿だった。
肩まで濡れた栗色の髪をそっと手で整え、緑色の瞳で周囲を見回す。
あまりの美しさと広さに息を呑むが、まだ心はざわついていた。
「ここ……どこ……?」
小さな声を漏らすと、傍らに立つ銀髪の家臣が穏やかに答えた。
長い銀色の髪が腰まで流れ、琥珀色の瞳は落ち着きと優しさを同時に宿す。
端正な顔立ちで、引き締まった体格は戦士としての気高さを感じさせるが、その立ち振る舞いはどこか安心感を与える。
「ここは、竜王アシュレインの宮殿です。あなたの守護者となる方……」
リリアは目を大きくし、思わず後ずさる。
「え!……竜王……様?」
心臓が跳ねる。目の前の男性は、あの夜の竜と同じ黄金の瞳を持つ――でも今は人の姿だ。
「そう。彼こそ、この国の竜王アシュレイン様です」
家臣は静かに頷き、短く礼をするような仕草でリリアを見守る。
「あなたを傷つける者は誰もいません。安心なさい」
リリアは唇を噛み、戸惑う。
「竜王様? え、でも、あの…」
その時、アシュレイン本人がゆっくり歩み寄る。
黄金の瞳と長い金色の髪が光を反射し、筋肉質で均整の取れた体が堂々とした威厳を放つ。
威厳と優しさを兼ね備えた存在感が、リリアの胸を締め付ける。
「リリア……我の番よ。恐れることはない」
その声は低く響き、体の奥まで染み渡る。
リリアは小さく俯き、震えながらつぶやく。
「……り、竜王さま?……」
アシュレインは微笑み、そっと手を差し伸べる。
「リリア。我は……お前に名前で呼んでほしいのだ」
「え……名前……?」
戸惑いで胸が高鳴る。
「うむ。強制はしない。だが我が望むのは、心からの呼び方だけだ」
その瞳は真剣で、優しさに満ちている。
リリアは小さく息をつき、そして口を開く。
「……アシュレイン様……」
アシュレインの顔がほころび、満足そうに微笑む。
「うむ、それでいい。我の番、リリア」
宮殿を案内される間も、アシュレインは常に傍にいる。
「その歩き方では危ない、我の腕を貸す」
「風が強い……我の胸に入れ」
傍らでは、銀髪の家臣が静かに観察しながら歩いている。
長剣を軽く抱え、表情は柔らかいが、目は鋭くリリアとアシュレインを守る意志を示す。
時折、家臣が肩越しにアシュレインを見やり、小さくため息をつく――
「あの溺愛ぶり、本当に驚くばかりです……」
アシュレインは気にせず、リリアの手を握り、額にそっと唇を触れる。
「リリア。我のものだ」
リリアは頬を赤らめ、戸惑いながらも、胸の奥にじんわりと温かさを感じる。
夜、宮殿の庭で星を眺める二人。
アシュレインは膝にリリアを抱き寄せ、髪を優しく撫でる。
「リリア、お前がここにいるだけで、我の心は満たされる」
「……アシュレイン様……まだ少し怖いけど……でも少し安心するかも」
アシュレインは微笑み、さらにぎゅっと抱きしめる。
「我の胸の中にいろ。永遠に、離さぬ」
リリアは戸惑いながらも、竜王の甘い溺愛に少しずつ心を預けていく――。




