第一章 翼が舞い降りる夜
千年の孤独を生きる竜王が、虐げられた少女を番として迎える。
戸惑いながらも、彼の深い溺愛に心を溶かしていく物語。
冷たい雨が降っていた。
村のはずれ、小さな納屋の隅で、リリアは膝を抱えて震えていた。
栗色の肩まで届く髪は雨に濡れ、緑色の瞳は大粒の涙で光る。
華奢で小柄な体は濡れた衣服に包まれ、雨粒が伝う頬は透き通るように白い。
村ではその美しささえも、彼女の異質な“光”のせいで忌み嫌われる原因となっていた。
「また、あんたのせいで家畜が逃げたんだってさ。」
「本当に不幸を呼ぶ娘だね。」
背中に飛んでくる石。
誰も助けてくれない。
リリアはただ、小さく「ごめんなさい」と呟くだけだった。
唯一の両親はもういない。
彼女には、生まれつき不思議な力があった。
感情が高ぶると、掌から淡い金の光が溢れる。
それが気味悪がられ、いつの間にか「呪われた子」と呼ばれるようになったのだ。
リリアの涙が頬を伝う。
けれど――その夜。
空の彼方で、ひとつの心が、彼女の涙に応えた。
* * *
竜王アシュレインは、永い時を彷徨っていた。
魂の片割れ――“番”を探して。
彼の力がどれほど強くても、心は常に虚ろだった。
空を翔けても、海を渡っても、満たされることのない寂寞。
そんな彼の胸に、突然、やわらかな光が触れた。
「……これは……?」
魂を呼ぶような、あたたかな波。
それは人間の村から――あの少女の涙から発せられていた。
瞬間、アシュレインの瞳が燃え上がる。
巨大な翼が夜を裂き、雷鳴とともに降り立つ。
村人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
炎が灯る中、アシュレインの金の瞳がひとりの少女を見つめた。
泥と雨に濡れ、震えていた少女。
その手から、たしかに“竜の気”が流れていた。
「……やはり、見つけた。」
彼は翼を広げ、風を巻き起こす。
そしてリリアの前に降り立つと、そっとその体を抱き上げた。
「ひ……っ、離して……!」
小さな体は驚きと恐怖で硬直する。
でも、抱きしめられる胸の温もりに、次第に心が解けていくのを感じる。
「恐れるな。お前を苦しめる者は、もういない。」
声は低く、けれど不思議なほど優しい。
炎の中で、彼の金の瞳が淡く光る。
リリアの心は混乱していた。
恐怖と驚き――けれど、どこか知らない安心感。
手のひらから伝わる温もりに、自然と体が委ねられていく。
「我の番よ。ようやく、見つけたのだ。
もう離さない、我が全てから守る」
その言葉を聞いた瞬間、リリアの心は初めて「守られる」という感覚に包まれた。
強さと優しさを兼ね備えた竜の腕の中で、少女は小さく目を閉じた。
そのまま意識は闇に溶け――次に目を開けると、もう村ではなく、未知の世界へと導かれていた。




