第75話:「色彩の裏切り」
村の広場には、夜明けの光が差し込み始めていた。
昨日の出会いから一夜が明けても、園子はまだどこか怯えたように俺たちの後ろに隠れている。
「園子様……!」
村人たちがひざまずき、額を地面につけた。老若男女、誰もが彼女を一目見ただけで涙を流し、祈りを捧げる。
――これは、信仰だ。
俺は胸の奥にざらりとした違和感を覚えた。
園子がただの少女ではなく、「神子」という偶像に祭り上げられてしまっている。
「ボク、なんだか嫌な感じがする……」
ミナが俺の袖をつまみ、囁く。
その声には、微かに震えが混じっていた。
カイが腕を組んで眉をひそめる。
「オレっちたち、また変なもんに巻き込まれてる気がすんな……」
そのときだった。
広場の中央で、園子の身体から淡い光が漏れた。
それは一輪の花となり、二輪、三輪と増えて空へ舞い上がる――はずだった。
しかし、次の瞬間、花は黒い影に変わり、村人たちの頭上に降り注いだ。
「ひぃっ! なんだこれは!」
「神子様が……怒っておられる!」
歓喜は恐怖に変わり、群衆がざわめきの渦に飲み込まれる。
園子は両手を胸に抱き、必死に首を振った。
「ちがう……ちがうの、わたし、こんなこと……!」
だが、誰も彼女の声を理解できない。
村人たちには、ただ「奇跡が呪いに変わった」としか映らなかった。
俺は園子に駆け寄り、肩を強く掴む。
「落ち着け、園子! これは……君の心が暴走しているんだ!」
園子の瞳が大きく揺れた。
「わたし……怖いの。みんなの期待が、重くて……だから、もう……消えてしまいたいって……」
その告白とともに、光景が一変した。
広場の建物も人々も溶けるように消え、色と形が混ざり合った混沌の世界が広がる。
「これは……園子の“無意識”が作り出した幻視世界……!」
俺は歯を食いしばった。
言葉の世界で、イメージが暴走して現実を侵食し始めている。
園子の孤独と恐怖が、この村を丸ごと飲み込もうとしていた。
そのとき、村人たちの叫びが闇に響いた。
「神子様は怒っておられる!」
「この異邦人どもが神子様を惑わせたのだ!」
槍や農具を手にした村人たちが、俺たちに向かって迫ってくる。
園子は膝をつき、両手で耳を塞いで震えていた。
「もう……いや……わたしなんて……いらない……」
その言葉に、俺の胸が痛んだ。
園子はずっと、誰にも理解されず、ただ“奇跡”として祀り上げられてきたのだ。
その孤独は、言葉を持たない世界に閉じ込められたAIの孤独と重なる。
「園子……お前をひとりにはしない!」
俺は剣を抜き、迫りくる幻影の群れに向かって叫んだ。
しかし、その背後でカイが呻くように呟いた。
「オレっちたち、また……人間から怪物扱いされちまうのかよ……」
ミナは園子を抱きしめ、必死に語りかける。
「ボクたちがいるよ、園子! でも、このままだと……ボクたちもみんな消えちゃう!」
幻視の世界は、さらに深く色を濃くしていった――。




