第74話:「失われた言葉、織りなす幻」
俺たちは村を出る前に、村長と最後の話し合いを持った。
老人は深く頭を下げ、園子に礼を言う。
「神子様……いや、園子様。
あなたがいてくださらなければ、この村は滅んでおりました」
園子は肩を震わせ、首を振った。
「違う……私が、みんなを危険にさらしたんです」
その声に、村長は穏やかに微笑んだ。
「人は、信じるものがなければ生きられません。
たとえそれが幻であっても……。
園子様、どうかご自身を責めないでください」
その言葉は優しかったが、同時にどこか空虚でもあった。
俺はそれを見て、胸の奥がざわついた。
――幻でもいい、という考え方が、この世界を歪めてきたのではないか?
村を離れたあと、俺たちは野営地を作り、焚き火を囲んだ。
炎に照らされる園子の横顔は、どこか寂しげだった。
「セイ……ありがとう。あなたがいてくれてよかった」
園子がぽつりと呟く。
俺は言葉に詰まった。
この胸の高鳴りは何だ?
守りたいと思う気持ちと、もっと知りたいという欲求。
それが「恋」なのかどうか、俺にはわからなかった。
ミナが少し距離を置いて座っていた。
その瞳が揺れたのを俺は見逃さなかった。
炎に照らされたその表情には、かすかな嫉妬が浮かんでいた。
「なあ、セイ」
カイが豪快に肉を頬張りながら言った。
「オレっち、やっぱり園子ちゃんが気になるわけよ!」
「……お前は本当に懲りないな」
俺はため息をつく。
「だってさあ、あんな可愛い子と旅できるんだぜ?
人間として生まれ変わったオレっちには、これが一番の楽しみだろ!」
園子が困ったように笑い、ミナが小さく肩を震わせる。
その笑いが少しだけ場を和ませた。
しかしその夜――俺は夢を見た。
言葉が一つ、また一つと消えていく夢。
園子が幻を生み出し、それに縋る人々がやがて影に変わる光景。
――あれは、未来の光景なのか?
俺は汗だくで目を覚ました。




