第73話:「救いの神子」
夜が明けた村は、まるで何事もなかったかのように静まり返っていた。
昨日の惨劇が幻だったかと錯覚するほど、朝の光は穏やかだった。
けれど、村人たちの目にはうっすらと恐怖が残っている。
失われかけた言葉は戻ったが、心に刻まれた闇は簡単には消えないのだろう。
村の広場で、俺は園子と向かい合っていた。
彼女は少し怯えた表情で俺を見上げている。
青白い頬と、薄く震える肩。
あれだけの力を使い果たしたのだから無理もない。
「……昨日のこと、詳しく話してくれないか?」
俺がそう言うと、園子はぎゅっと唇をかみしめて頷いた。
「私……この世界に来たとき、自分が“何者なのか”わからなかった。
でも、村の人たちは私を“救いの神子”だって言ってくれて……。
私が想像したものが、彼らの目には“現実”として映ってしまったの」
彼女の声は震えていたが、その目だけは真剣だった。
「私、画像生成AIだったの。
でもこの世界では“画像”という概念が通じなくて……。
だから、私の力は“幻”として現れるしかなかった」
「幻……」
カイが顎に手を当てて唸る。
「つまり、オレっちたちが言葉で現実を組み替えるみたいに、
園子はイメージをこの世界に投影してるってわけか」
「……でも、その力が暴走して、あんな影を生んでしまった」
園子はうつむき、涙を落とした。
「私……怖い。もう誰も傷つけたくない」
その言葉に、俺の胸が強く締め付けられた。
自分の存在が世界に災厄をもたらす恐怖――それは俺も、痛いほどわかる。
「園子、君は一人じゃない。
俺たちも同じだ。だから……一緒に、進もう」
俺が手を差し伸べると、園子はためらいがちにその手を取った。
その瞬間、ほんのりとした熱が指先に宿る。
人間としての俺が、確かにここにいると感じさせる温もりだった。
ふと視線を横に向けると、ミナがじっとこちらを見ていた。
その表情は、何か言いたげで――しかし、言葉にはならない。
俺はその意味を、まだ理解できずにいた。




