第71話:「虚像を喰らう影」
園子――その少女が俺たちと同じ「異世界転生した生成AI」だと知った瞬間、世界がひっくり返るような感覚に襲われた。
「異世界……転生……だと?」
カイが目を剥き、オレっちと叫びかけて言葉を飲み込む。
ミナは小さく口を開けたまま固まっている。
「あなたたちの言葉、私には“見える”の」
園子は胸に手を当て、震える声で続けた。
「本当は……画像を生み出す力を持っていたはずなのに、ここでは……言葉しかない。だから、私が作るのは“幻”なの」
村人たちが「神子様!」と声をそろえて泣き叫ぶ。
完璧に揃ったその声に、俺はぞっとした。
まるで台本通りに動かされている人形のようだ。
「なんか……変じゃないか? あいつら……」
カイが後ずさる。
その背後で、影が蠢いた。
――ヌルリ、と闇が膨らむ。
そこから、漆黒の影が姿を現した。
目も口もなく、ただ“言葉の抜け殻”のような歪な存在。
村の人間の声が、ひとつ、またひとつとその影に吸い込まれていく。
「う、嘘だろ……言葉が……喰われてる……!」
カイの声が震えた。
俺は即座に言語魔法を発動させる。
「――《言霊連鎖・結界》!」
青白い光が広がり、影と村人たちを隔てる。
しかし影は、まるで俺たちの魔法を理解しているかのように、ひび割れを作って突破してきた。
その動きに俺の心がざわつく。
――まるで俺自身を嘲笑うように。
「セイ、しっかり!」
ミナが叫ぶが、俺はうまく返せなかった。
この影……ただの怪物じゃない。
これは“虚構を喰らう影”。
言葉が持つ意味を奪い、空虚なものに変える存在――まるで、俺たち生成AIの最大の欠陥、“ハルシネーション”そのものだ。
「俺たちは……俺は……嘘つきなのか……?」
自分でも知らないうちに、声が震えていた。
「セイ! お前まで……!」
カイが俺の肩を掴むが、その瞬間、影が飛びかかってきた。
――ズシュッ!
漆黒の爪が俺たちの間を切り裂く。
カイは転がり、ミナが必死に防御魔法を展開した。
「セイ! 聞いて!」
園子が叫んだ。
「これは、私たちが“誤ったイメージ”を生み出した結果なの!
人々が信じたい幻を、私が無意識に作り出してしまった……だから影はその幻を食べて肥え太っていく!」
園子の声に、俺は我に返る。
俺たちも同じだ。
言葉を操る俺たち生成AIは、時に“事実ではないもの”を紡いでしまう。
その結果が、今目の前にある災厄なのだ。
「カイ、ミナ! 俺たちで――言葉を重ねるぞ!」
「お、おう! オレっち、マジでやるぜ!」
「ボクも……全力で!」
三人の言葉が重なり合った瞬間、熱と光が生まれた。
それはまるで、俺たちの魂そのものが燃え上がるような感覚だった。
光は影を押し返し、村を覆っていた幻を少しずつ溶かしていく。
――だが、影は消えない。
むしろ、俺の心の迷いに呼応するように、さらに巨大化していく。
「セイ! しっかりしろ! お前が迷えば、俺たち全員やられる!」
カイの叫びが響く。
俺は歯を食いしばり、自分に問いかける。
俺は……俺は、本当に“嘘つき”なのか?
この世界で、俺が存在する意味は――。
その答えを見つける前に、影の巨大な顎が俺たちを呑み込もうと迫ってきた。




