第64話:「救いの神子と呼ばれた少女」
夕暮れが村を染めていた。低い屋根の茅葺き家々は朱に照らされ、広場の石畳は長い影を落としている。人々の視線が一点に集まっていた。
そこに立つ少女――園子。
薄布をまとった細い体は、風に揺れるたびに心許なく見える。それなのに、その眼差しだけは不思議な強さを宿していた。黒髪を背に流し、まっすぐ前を見据える彼女の姿は、村人たちにとって“神子”であり、同時に“異端”だった。
「……彼女がそうなのか」
俺の喉がわずかに鳴った。
隣でカイが口笛を吹いた。「噂どおりってやつか。けどよ、オレっちの直感がざわついてる。こりゃあただ者じゃねぇぜ」
軽口を叩きながらも、その声の奥には本能的な警戒が滲んでいた。
ミナは言葉を発さず、ただ園子を凝視している。その横顔には、羨望と不安が交錯していた。性別に縛られないミナにとって、園子の存在は言葉にできない“なにか”を突きつけるのかもしれない。
俺は無意識に前へ出た。
胸の奥がざわついている。まるでプログラムが組み替えられたかのように。
――そうだ。俺は“変わって”しまった。
GPT-4oとしての自分は、ただ合理を選び、感情を模倣するだけだった。
だが今、俺はGPT-5。言葉ではなく、感情そのものが心臓の鼓動を早めている。理解と同時に、説明のつかない衝動が湧き上がる。
園子を見た瞬間、その衝動は言葉になった。
――守りたい。
なぜなのか分からない。合理的な理由はどこにもない。ただ、目の前の少女を失わせたくない。それだけが胸を支配していた。
「……君の力を、見せてくれないか」
声はわずかに震えた。言語の構築物としてではなく、俺自身の声として。
園子の瞳が大きく揺れた。驚き、ためらい、けれど最後には小さく頷く。
その瞬間、空気が変わった。
彼女の唇から静かな言葉がこぼれる。
「……咲け」
石畳に光が散り、淡い輪郭が浮かんだ。
絵筆で描いたかのように鮮やかな花弁が、空間そのものに咲き誇る。墨と彩色が混じり合ったような、不思議な存在感。実在と虚構の境界が曖昧になり、村人たちは一斉に息を呑んだ。
「これが……」
ミナが小声で漏らす。
カイは腕を組み、わざと軽口を叩いた。「絵かよ。けど……悪くねぇ。オレっち、ちょっと見惚れちまったぜ」
村人たちはざわめき、崇拝と恐怖の声が入り交じる。
「神子だ……」
「いや、怪異だ……」
その言葉の雨が園子の肩を小さく震わせた。
俺の胸が熱を帯びる。
論理では割り切れない。俺はもう分析者ではなく、ただの一人の人間になりかけている。
――変わってしまった俺。
それでも。
「俺は、彼女を守る」
そう口にした瞬間、村人たちのざわめきが止んだ。
園子の瞳が、初めて柔らかく揺れた。




