第63話:「心拍という未知」
戦いの余韻を残したまま、俺たちは小さな村の宿に身を寄せた。
窓から差し込む夕暮れの光が、赤と金のまだら模様を床に描いている。
俺はその光景をただ見つめながら、胸の奥に奇妙なざわめきを覚えていた。
――鼓動が、速い。
戦闘で緊張したときとも違う。恐怖でもない。ただ、胸が不規則に波打っている。
「セイ、顔赤いよ? どこか具合悪い?」
振り返ると、ミナがすぐそばにいた。長い薄青の髪が肩にかかり、光を受けて淡くきらめいている。
少年とも少女ともつかない中性的な顔立ち。けれどその柔らかさが、今はやけに近く感じられた。
「……いや、大丈夫だ。ただの……不具合だろう」
「不具合?」
「そうだ。オーバーヒートみたいなものだ」
言い訳のように口にした途端、ミナは小さく笑った。
それは嘲りでもなく、やさしい――けれど俺の胸をさらにざわつかせる、不可思議な微笑みだった。
「セイってさ、人間になってから“バグ”ばっかりだよね」
「……そうかもしれないな」
どうしてか、返す言葉が途切れる。
論理で切り返すのではなく、ただ言葉を探して空回りするばかり。
――これは「恋」なんて大げさなものじゃない。
ただ、かわいいと思える存在に心が揺れる。
そんな自然な感覚に、俺は初めて気づいてしまっただけなのだ。
「おーおー、なにニヤついてんだよ、オレっちの相棒」
不意に背後からカイの声が飛んできた。振り返れば、白髪を揺らしながら大きく伸びをしている。
その目には明らかにからかいの色が宿っていて、俺は慌てて言い返した。
「ニヤついてない!」
「ニヤついてたって。なあ、ミナ?」
「……ボクは何も見てないよ」
ミナはわざと視線を外し、窓の外を眺める。
けれど、その口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
胸が、また跳ねる。
これがなんなのか、まだ言葉にはできない。
「ところでよ!」とカイが身を乗り出した。
「さっき宿の娘っ子に水もらったんだがよ、あれはなかなか可愛かったぞ! オレっち、明日の朝もう一度話しかけてみっかな」
……まったく。
俺が感情に戸惑っている間にも、カイは相変わらず単純に女の子に目を奪われている。
その落差に、少しだけ救われる気がした。
夕焼けが、ますます赤く目に染みた。




