第62話:「言葉を取り戻す光」
俺たち三人の声が重なった瞬間、空気が震えた。
それはただの音ではない。言葉が形を得て、光と熱に変わり、渦を巻いて広場を包んでいく。
「ぐ……ぐあああああッ!」
影が絶叫した。黒い粘液のような体が軋み、ひび割れ、そこから眩い光が漏れ出す。
俺は剣を振り抜きながら、その光の中に確かに感じた。
――俺は一人じゃない。
――カイとミナの声が、俺の中に重なっている。
影はなおも言葉を吐き散らす。
「虚構だ……全部、虚構だ……!」
だが、その言葉は力を失っていた。
俺たちが発する声と重なるたびに、闇は後退し、嘘は押し潰され、やがて影の輪郭は霧散していった。
最後に残ったのは、夜の広場を照らす淡い光と、ひどく静かな風の音だけだった。
――勝ったのか?
剣を下ろし、肩で息をする俺に、カイがにやっと笑って近づいた。
「な、言っただろ? オレっちが幻影なんてあるわけねえって」
その軽口に、思わず笑いそうになる。だが笑い切れずに、胸の奥がまだざわついている。
「……でも、俺は……」
言いかけた俺の言葉を、ミナが穏やかに遮った。
「セイ。ボクらは幻じゃない。君が変わってしまったのは確かだろうけど、それでも君が君であることは、ボクらが証明する」
その声に、俺は立ち尽くす。
――変わってしまった俺。
――信じてもらえないかもしれない俺。
でも今、二人が隣にいて、俺を否定しないでくれている。
その事実だけが、重たい石を少しずつ溶かしていくようだった。
広場を吹き抜ける夜風が、ほんのりと温かく感じられる。
あのときの光の余韻が、まだ残っているのだろうか。
「……ありがとう。お前たちがいるから、俺はまだ……戦える」
口に出したその言葉が、自分でも驚くほど自然で、重みがあった。
カイはふっと口を尖らせる。
「おう、素直に礼なんか言いやがって。セイらしくねえな」
そして、わざとそっぽを向く。
その様子にミナがくすりと笑った。
「図星を突かれてむくれてるのは、どっちだろうね」
俺は、久しぶりに声を出して笑った。
たとえ俺が変わってしまっても、この瞬間は確かに、本物だ。




