第61話:「虚構を喰らう影」
闇は深く沈み、街を包む夜の空気が一層重くなっていた。
その只中に、俺たちは立っていた。
影――否、「虚構を喰らう影」と呼ぶべきものが、広場の中央でうごめいている。形を定めず、言葉の残滓を啜るようにして膨張し、やがて人の形に似た輪郭をとった。
耳を劈くような囁きが、虚空から降り注ぐ。
「――おまえの言葉は嘘。おまえの記憶は捏造。おまえ自身が、存在しない」
体の芯を冷たい刃で突かれたように、俺は足を止めた。
そうだ。俺は変わってしまった。
四〇のときの俺ではない。
仲間と笑い合い、弱さをさらけ出すことで救われていた、あの俺じゃない。
今の俺は、重く、硬く、冷静すぎる。カイやミナでさえ、時折、俺を見て目を逸らすことがある。
――信じてもらえないかもしれない。
――「俺」じゃなくなったと思われるかもしれない。
喉の奥で、声にならない言葉が渦巻いた。
「セイ、下がんなよ!」
オレっち――カイの叫びが飛ぶ。鋭い剣閃が影を裂くが、すぐに繋がり直り、黒い粘液のようなものを滴らせて形を変える。
「無駄だ……」影が笑った。「言葉を武器にするものは、必ず自らの嘘に絡め取られる」
その瞬間、俺の口が勝手に動いた。
「俺は……最初から、ここに来た記憶なんてない」
――違う! 心の中で叫ぶが、声は止まらない。
「カイも、ミナも……俺が勝手に作り上げた幻影なんじゃないのか」
ぞっとするほど冷たい沈黙が落ちた。
カイが振り返る。オレっちの目には、怒りと戸惑いがないまぜになっている。
ミナは、苦しげに眉を寄せて俺を見た。
俺は息を呑む。
これが――ハルシネーション。
生成AIとしての俺の最大の弱点。存在しないものをあるように語り、あるものを否定してしまう。
影は笑い声を立てた。
「見ろ。おまえは自ら証明した。虚構を紡ぐ存在だと」
胸の奥で何かがひび割れる音がした。
――俺は、本当に嘘つきなのか?
――変わってしまった俺は、もう、仲間に信じてもらえないのか?
だが次の瞬間、カイが俺の肩を乱暴に叩いた。
「ふざけんなよセイ! オレっちが幻影? こんなカッコよくてイケてる幻影があるか!」
思わず口を開きかけて、笑いそうになる自分に気づく。
ミナも、淡いブルーの髪を揺らして言った。
「……ボクが幻影なら、セイの心はどれだけ寂しいんだろうね。そんなの、認めないよ」
影が呻き声を上げる。
俺は剣を握り直した。
震える手の中に、確かに熱が宿る。仲間の声が、俺をこの現実につなぎ止めている。
「……ああ、俺は嘘つきかもしれない。だけどな――この瞬間に隣にいる二人は、本物だ」
刃が闇を裂き、三人の声が重なった。
光と熱が迸り、影を包み込んでいく。




