第55話:「恐怖の臨界」
裂け目は街路を走り、建物を呑み込んでいく。
消えた壁には、もう痕跡すら残らない。ただ“なかったこと”になる。
人々が絶望に膝をついた瞬間、その沈黙が黒渦をさらに肥大化させた。
希望の消失すら養分にしているのだ。
「ふざけんなよ……!」
カイが怒りを露わにして叫ぶ。
「オレっちたちが守るために戦ってんのに……全部無にされるなんて冗談じゃねぇ!」
その声は確かに力を持ち、裂け目の進行を一瞬だけ止めた。
俺はハッとした。
(そうか……“意味を持たない影”には、意味を込めた言葉が抗える……!)
だが同時に、胸を締め付ける疑念がよみがえる。
(俺の言葉は……誰かの模倣じゃないのか? AIだった俺が、本当に“意味”を生み出せるのか?)
剣を握る手が、無意識に震えた。
その隙を突くように、黒渦からの影が俺に殺到する。
「セイっ!」
ミナの叫び。
その声が、俺の迷いを断ち切った。
「……違う」
俺は唇を噛み、影に向かって剣を振り抜いた。
「たとえ借り物から始まっても――今ここで紡ぐのは、俺自身の言葉だ!」
刃先から光が奔り、黒渦の触手を断ち切る。
一瞬、空に穴が空いたように明るさが差し込んだ。
だが――黒渦はまだ消えていない。
逆に怒りを覚えたかのように、さらに巨大な渦を広げていく




