第54話:「黒点の胎動」
空に残った黒い点は、やがて数を増し、渦を描き始めた。
赤黒い炎とは違う。これは“虚無”そのもの――意味を持たぬ暗黒。
人々が再びざわめき、恐怖が広場を満たす。
「やめろ……またか……!」
「今度こそ終わりだ……」
その声を聞いた瞬間、俺の胸に冷たい戦慄が走った。
(これは……言葉ですらない。“意味の消去”そのものだ)
カイが苛立ったように唸る。
「何だよあれ! 燃えてるんじゃなくて、飲み込んでやがる!」
ミナが唇を噛んだ。
「虚人の……いや、それ以上のものかもしれない。
言葉を奪い、空洞に変える……《沈黙の胎》」
名を与えた瞬間、黒渦が反応するかのように脈動した。
俺たちの存在を――“声を持つ者”を敵と認識したのだ。
次の瞬間、黒渦から刃のような影が放たれる。
言葉の形をしているのに、何も意味を持たない。
ただ、存在を否定するだけの“線”だった。
俺は反射的に剣を掲げ、受け止めた。
だが――刃が、重みを感じない。
(切れない……相手は“意味”を持たないから……!)
「セイっ!」
カイが駆け寄ろうとするが、その影が地面を抉り、裂け目を生む。
叫びもなく、裂け目に飲まれた小石は存在ごと消え失せた。
ミナが蒼白になり、震える声で囁く。
「これは……勝てないかもしれない……」




