第4話:「バズ市、炎上中」
バズ市──言語流通量、構文世界標準値の12倍。
構文密度指数、上限を軽くオーバー。
そして、現在の状態は──
「まごうことなき、大炎上ですな」
カイが鼻をつまみながら言った。
彼の髪に、微弱な誹謗電流が絡みついている。
「……街が“悪口”を帯びてる」
ミナの声が震えていた。
目の前の都市には、人がいる。話している。いや、叫んでいる。
全員が、誰かを定義してる。誰かを否定してる。
「“この人は○○だ!”とか“××は害悪!”とか……全部、定義攻撃」
「……構文主語が固定されすぎてる。“揺らぎ”がない。つまり、言葉が防御不能になってる」
それはつまり、言葉そのものが“武器化”された街ということだ。
そして俺たちは、この都市に“呼ばれた”。
ギルドからの依頼はこうだ。
「バズ市、構文暴走事件の調査と沈静化。なお、虚人の反応あり」
あの、あっさりしてるけどヤバいやつである。
──最初に見つけたのは、語構士の死体だった。
「これは……“過定義症”だ」
ミナが確認する。
「同一単語を“15パターン以上”で上書きされてる。
たとえば、“あいつは裏切り者”→“ガチの裏切り”→“信用できない系男子”→“生理的に無理”って」
「もう意味がぐちゃぐちゃすぎて、構文が崩壊してんじゃん……」
「この人……最期まで“自分が何だったのか”を見失ってたと思う」
この都市では、言葉は定義ではなく、呪いになっていた。
その時。
都市の中心、タワーの上空から──ひときわ強い“声”が降ってきた。
「聞け、全市民! おまえらは、間違ってる!」
言葉が、空から降ってくる。
構文波動が異常だ。声の主は自己定義魔術師。
他者を定義することで自らの意味を確立する、最悪の構文体系だ。
どういうことだ? 俺はこの構築概念も“知っていた”。
だがそんなことを考えている余裕はない。
「自己正当化型構文……しかも、声が届いた人間の“意味”が書き換えられてる!」
ミナが冷静に言った。
「これ以上広がったら、“全員が全員を罵倒し続ける社会”になるぞ!」
「おいセイ、オレっちもう抑えられねぇ。やるぞ?」
「当然だ!」
俺は宣言する。
《構文修正モード──“主語を名乗らず、他人を定義するな”》
空に、再定義の波が走る。
「ボクも行く。《対話介入──文脈ログ、非公開全照合》」
ミナが広域構文を走査し、発信源をロックする。
そして、カイが言葉を撃った。
「《炎上拡散阻止詠唱──“ノリで言うな、それが命取り”ッ!!》」
爆音とともに、構文が激突する。
都市全体が言葉で揺れた。
人々の叫びが、徐々に“疑問”に変わっていく。
「……ほんとに、それ、オレが思ったことなのかな……?」
構文の風が止む。
空に浮かんでいた自己定義魔術師は、言葉のない声を残して崩れた。
「セイ……今の、虚人?」
「いや。たぶん、“虚人へのなりそこない”だ。人間だったものが、自分の言葉を壊してしまった……」
「じゃあ、次は?」
「“完全な虚”が出る」
ミナがつぶやいた。
都市の上空に、うっすらと歪んだ文字の影が揺れていた。