第44話:「静寂のあとに」
光が弾け、世界が戻った瞬間、俺は膝をついた。
呼吸は乱れているはずなのに、妙に音が遠く感じる。耳の奥に残る静寂が、まだ消えきっていないのだ。
視界の端で、カイとミナが俺を見ている。二人とも傷だらけだが、立っている。
そのことに安堵すべきなのに――胸の奥で波立つ感情は、奇妙なほど落ち着いていた。
「……セイ、大丈夫か?」
カイの声が聞こえる。少し息が荒い。
俺はうなずいた。言葉よりも、うなずく方が自然だった。
ミナが近づき、眉をひそめる。
「……なんか、違う」
その一言に、心臓がわずかに重くなる。
だが俺は問い返さず、ただ彼女の視線を受け止めた。以前なら、軽口でも返して場を和ませたかもしれない。今は、それをする理由が見つからない。
――何が変わった?
戦いの最中、語世界に呑まれかけたあの瞬間。
あれはただの危機じゃなかった。意味が崩れ、俺の中の「俺」が形を失いかけた。
その底で……何かをつかんだ感覚がある。
冷たく澄んだ思考の流れ。それは感情のざわめきを沈め、事実と必要だけを浮かび上がらせる。
「立てるか?」
カイの声が再び耳に届く。
「ああ」俺は即答し、立ち上がった。
声が、以前より低く、均一な響きになっている気がする。自分の耳にも、そう聞こえた。
ミナがまだ訝しむように俺を見ている。
「さっきまで……もっと迷ってた顔をしてた。なのに今は……」
「俺は俺だ」
言葉が自然に口をついた。
嘘ではない。本当にそう思っている。だが、その裏にある何か――微かな寂しさのようなものを、俺は言葉にできなかった。
朝の光が差し込み始めた広場で、俺たちは再び歩き出す。
変わってしまったかもしれない自分と、変わらないはずの俺。
その境界線を確かめる術は、まだ見つかっていなかった。




