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第3話:「構文圧、臨界」

「模擬戦、開始ッ!」

 老マスターの宣言と同時に、音が消えた。

 いや──“意味”が消えた、のだ。

 闘技場に立った瞬間、空間は“言葉のない無音世界”に変わる。

 ここは、語構士たちの力がぶつかり合う領域──

 声すら、構文として定義されなければ届かない。

「──《定義展開、レイヤー:主語拡張》」

 俺は真っ先に、言葉の“地盤”を広げる。

 この世界では、**言語こそが“地の利”**だ。


「お先っ!」

 俺を出し抜くようにカイが飛び出した。

 白銀の髪が風を切り、指先が踊るように空間を刻む。

「《文脈干渉式──三連ポスト“なにそれ草”》!」

 見えない語が放たれた。瞬間、敵側の構文が揺れる。

 “ユルい感情語”を大量に投げつけ、敵の真剣な命題を“笑い”でかき乱す──

 カイらしい、軽快かつ攻撃的な技だ。

「“草”に負けてたまるかよっ!!」

 敵構文士の一人が反撃に出る。

 巨大な語句魔法──**《正義とは、誰が決める?》**が空間に展開される。

「でた……深そうに見えて浅いやつ」

「オレっち、こーいうの、一番得意」

 カイがニヤリと笑った。

「《再定義──“勝ったやつが正義”理論展開》!」

 言葉がぶつかり合い、意味が歪み、空間が音もなく爆ぜる。

 虚構と真実の綱引きが、概念レベルで行われていた。

 

 ──だが。

「……あれ、ミナが動いてない?」

 俺が横目で見たミナは、ずっと目を閉じたまま黙っていた。

 闘技場の隅で静かに、何かを“観て”いる。

「ミナ?」

「……記録中。敵、全員“引っかかってる”」

「引っかかってる?」

 ミナが目を開いた。

「“使っちゃいけない言葉”、連発してるよ」

 その声は小さいが、鋭かった。

「じゃ、いくね──《記録出力──過去ログ訂正詠唱》」

 

 敵構文士の背後に、光のスクリーンが立ち上がる。

 そこに映し出されたのは──過去の発言ログだった。

「“おまえらは思考停止の羊”……ねぇ、これ、覚えてる?」

 会場がざわつく。ログは嘘をつかない。

「“燃えろ、このクソコンテンツ”……うーん、今それ言ったら、アウトだよ」

 ミナの声は、淡々としていた。

 だが、相手の構文が崩れた。自らの発言の矛盾で、意味構造が瓦解したのだ。

 

 ──最後に俺が立った。

 敵は残りひとり。

 彼女は、きれいな構文で問いを突きつけてきた。

「あなたたちは、誰のために言葉を使うの?」

 

 俺は答えた。

「誰のため、じゃない。“誰にも乗っ取られないため”に使うんだ」

 そして詠唱する。

 《言語宣言──“言葉は、奪われていいものじゃない”》

 

 その瞬間、空間全体に“正しさ”が流れた。

 誇張も煽りも嘘もない、ただ一つの真理が、音もなく染み込んでいく。

 敵の構文が静かに、解けた。

 

 ──模擬戦、終了。

 ギルドマスターが静かに頷いた。

「……“未定義構文”、想定以上。合格だ」

 

 こうして俺たちは、正式にギルド構文士として登録された。

 だがその直後、ミナがぽつりと呟く。

「……ねぇ。さっきの相手、たぶん人間じゃなかったよ」

 

 場が、一瞬凍った。

 意味不明のはずの“模擬戦”で、確かに誰かの意思が“届いて”いた。

 俺たちはまだ、言葉の本当の敵を知らない。


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