第36話:「囁く影と疑念の芽」
夜の街は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。石畳に降りた霧が、街灯の光を淡く滲ませている。靴底が水気を含んだ石を踏むたび、じわりと冷気が染み上がった。
俺たちは三人並んで歩いていたが、その間に漂う空気は微妙にざらついていた。カイもミナも口数が少ない。沈黙の中、街角の影がゆらりと揺れる。
「……今、誰かいたか?」
俺が足を止める。
カイが外套の裾を払い、目を細めて暗がりを凝視した。
「オレっちの勘じゃ、尾行されてるな」
ミナは首をかしげ、淡い声でつぶやく。
「足音は……二重。ひとつはわざと聞こえるように、もうひとつは完全に消してる」
影の奥から、低く湿った声が囁いた。
「真実の言葉を振りかざす者よ──お前たちの言葉は、本当に無垢か?」
瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。街の景色が塗り替えられ、俺たちは薄明るい無人の広間に立たされていた。天井から垂れる燭台の炎が、不自然に左右へ揺れる。
目の前には、黒い外套に包まれた人物。フードの奥から、赤と黒が混ざった双眸が俺を射抜いた。
「お前たちは虚を滅ぼすと言うが、それは新たな虚を生むだけだ」
その言葉が、心の奥にじわじわと入り込み、疑念を芽吹かせる。
「……俺たちは……」
否定しようとしたが、喉の奥で言葉が引っかかる。
視界の端で、ミナの表情がわずかに陰るのを見た。




