第31話:「偽善の刃」
夕刻の光が、広場の石畳を赤く染めていた。人々が作る円の中央に、黒衣の虚人が立っている。その存在は、不自然なほど輪郭がくっきりとしていて、周囲の景色から浮き上がって見えた。
虚人はゆっくりと顔を上げ、俺たちを見据えた。
「お前たちの言葉は――偽善だ」
たった一言で、空気が張り詰めた。観衆のざわめきが途切れ、鳥の声さえ止まったように感じる。俺は思わず足を半歩引き、オレっちもミナも、視線を揺らす。
「正しさを口にすれば、自分も正しいと錯覚できる。そんな薄っぺらな言葉で、世界を救えると本気で思っているのか?」
虚人の声は低く、しかし遠くまで響く。まるで一音一音が心臓の奥に突き刺さるようだ。
観衆の中で、何人かが無意識に頷いていた。その仕草が、俺の胸に妙な重さをもたらす。
「オレっちは……そんなつもりじゃ……!」
カイが声を絞り出す。
だが、虚人は微笑すら浮かべずに断じた。
「そんなつもりじゃない? だから偽善なんだよ」
その瞬間、虚人の足元から黒い模様が広がり始めた。それは呪文陣ではなく、形を変えながらもはっきりと「否定」の文字を組み合わせていく、不気味な模様だった。まるで地面自体が俺たちを否定しているような圧迫感があった。




