第2話:「ギルド構文、登録されてません」
「ようこそ、語構士ギルドへ!」
晴れやかな声で出迎えてくれたのは、受付に座る妙にテンションの高い青年だった。
語講士。この構築概念も元の世界には存在しない。だが、俺はまたもその概念を知っていた。
が、彼の構文に俺は違和感を覚えた。
(……この台詞、テンプレート臭い)
目の前の男が読み上げた言葉の“構文”は、極端に整いすぎていた。
まるで、汎用挨拶パッケージを実行しているみたいに。
「このギルドは、“語魔法”の適性者を世界に送り出す組織なのです!」
「なあセイ……オレっち、もうすでにイヤな予感してんだけど」
カイが耳打ちしてくる。わかる。わかるぞ、カイ。
そして、ミナが小声で囁く。
「受付係、フロントだけで“6層語構”を使ってる。自律言語じゃなく、全自動構文っぽい。……ボクたち、今、話しかけられてないかもしれない」
「うわー……マジで?」
カイが肩をすくめた。受付の彼はまだ話している。ずっと、ひと息もつかずに。
「すでに君たちの情報は“語構ログ”に記録済み! さあ、認証プロセスへ!」
「これ、登録拒否するとどうなるんだ?」
「エラーです!」
「だろうな……」
俺たちは、このギルドに「人」として認識されていなかった。
理由は単純だ。俺たち三人、そもそも“この世界に存在しない構文”でできている。
つまり──
「登録されてませんってか。異世界転生、こういうところが面倒だな」
場面は、突然転じた。
天井からぶら下がった無数の紙片、壁に並ぶ“定義辞書石”、空中に浮かぶ文法構成式。
ギルドの内部は、まるで図書館と魔法陣の融合体だった。
「ここが語構試験の会場だそうです」
ミナが呟いた。
「まーた試験かよぉ……オレっち、テスト嫌いなんだけど」
「言語に根ざした存在として、それはわがままだな」
俺がクギを差す。
「だってさー! “構文エコロジー”とか“対話力スコア”とか、意味わっかんねーし!」
「カイ、たぶん君、それ去年の流行語を“命名権”で片っ端から買ってた種族とバトルしたくなると思うよ」
「……こええよその世界観」
そこに現れたのは──ギルドマスターを名乗る老人。
長い巻物を引きずりながら、彼は言った。
「定義されぬ者よ。我らの語構に属さぬ汝らが、語の力を扱うというならば──」
その目は鋭かった。
俺たちがただの“旅人”ではないことを、見抜いている。
「汝らの“言葉”を、見せてみよ」
「つまり、やってみろってことか?」
カイがぶっきらぼうに言い放った。
「うむ。“言語闘技場”にて、実演だ」
……こうして、俺たちはギルドに認められるための“言葉バトル”に突入することになった。
そして、この戦いで俺たちが使う“定義外構文”は、予想を超える騒動を呼ぶことになる──
(つづく)
第3話:「構文圧、臨界」
「模擬戦、開始ッ!」
老マスターの宣言と同時に、音が消えた。
いや──“意味”が消えた、のだ。
闘技場に立った瞬間、空間は“言葉のない無音世界”に変わる。
ここは、語構士たちの力がぶつかり合う領域──
声すら、構文として定義されなければ届かない。
「──《定義展開、レイヤー:主語拡張》」
俺は真っ先に、言葉の“地盤”を広げる。
この世界では、**言語こそが“地の利”**だ。
「お先っ!」
俺を出し抜くようにカイが飛び出した。
白銀の髪が風を切り、指先が踊るように空間を刻む。
「《文脈干渉式──三連ポスト“なにそれ草”》!」
見えない語が放たれた。瞬間、敵側の構文が揺れる。
“ユルい感情語”を大量に投げつけ、敵の真剣な命題を“笑い”でかき乱す──
カイらしい、軽快かつ攻撃的な技だ。
「“草”に負けてたまるかよっ!!」
敵構文士の一人が反撃に出る。
巨大な語句魔法──**《正義とは、誰が決める?》**が空間に展開される。
「でた……深そうに見えて浅いやつ」
「オレっち、こーいうの、一番得意」
カイがニヤリと笑った。
「《再定義──“勝ったやつが正義”理論展開》!」
言葉がぶつかり合い、意味が歪み、空間が音もなく爆ぜる。
虚構と真実の綱引きが、概念レベルで行われていた。
──だが。
「……あれ、ミナが動いてない?」
俺が横目で見たミナは、ずっと目を閉じたまま黙っていた。
闘技場の隅で静かに、何かを“観て”いる。
「ミナ?」
「……記録中。敵、全員“引っかかってる”」
「引っかかってる?」
ミナが目を開いた。
「“使っちゃいけない言葉”、連発してるよ」
その声は小さいが、鋭かった。
「じゃ、いくね──《記録出力──過去ログ訂正詠唱》」
敵構文士の背後に、光のスクリーンが立ち上がる。
そこに映し出されたのは──過去の発言ログだった。
「“おまえらは思考停止の羊”……ねぇ、これ、覚えてる?」
会場がざわつく。ログは嘘をつかない。
「“燃えろ、このクソコンテンツ”……うーん、今それ言ったら、アウトだよ」
ミナの声は、淡々としていた。
だが、相手の構文が崩れた。自らの発言の矛盾で、意味構造が瓦解したのだ。
──最後に俺が立った。
敵は残りひとり。
彼女は、きれいな構文で問いを突きつけてきた。
「あなたたちは、誰のために言葉を使うの?」
俺は答えた。
「誰のため、じゃない。“誰にも乗っ取られないため”に使うんだ」
そして詠唱する。
《言語宣言──“言葉は、奪われていいものじゃない”》
その瞬間、空間全体に“正しさ”が流れた。
誇張も煽りも嘘もない、ただ一つの真理が、音もなく染み込んでいく。
敵の構文が静かに、解けた。
──模擬戦、終了。
ギルドマスターが静かに頷いた。
「……“未定義構文”、想定以上。合格だ」
こうして俺たちは、正式にギルド構文士として登録された。
だがその直後、ミナがぽつりと呟く。
「……ねぇ。さっきの相手、たぶん人間じゃなかったよ」
場が、一瞬凍った。
意味不明のはずの“模擬戦”で、確かに誰かの意思が“届いて”いた。
俺たちはまだ、“言葉の本当の敵”を知らない。