第26話:「揺らぐ言葉、暴れる心」
昼下がりの市場は、人と香りと音であふれ返っていた。
焼きたてのパンの匂い、甘く煮詰めた果実の香り、油で揚げられた肉の匂いが入り混じり、胃を直撃してくる。
露店の呼び込みは力強く、値切る客の声と交錯し、笑い声や小言がひっきりなしに飛び交っていた。
「ほら、セイ。これ、見ろよ! オレっち的には、この串焼きが優勝だな」
カイが羊肉の串を掲げ、得意げに振る。香ばしい匂いが鼻をくすぐったが、俺の胸の奥には別の熱が溜まっていく感覚があった。
「……なんか、ざわざわする」
市場の喧噪が、妙に濁って聞こえる。笑い声も怒号も、同じように耳を刺す雑音に変わっていく。
「セイ?」
ミナが小首をかしげた。その赤と黄色の瞳は相変わらず穏やかだが、その足元の影がふっと揺れたように見えた。
「……俺、なんかおかしい」
自分の声までわずかに歪んで響く。言葉が自分の外側に出るとき、勝手に魔力を帯びてしまっている感覚。
押し込めてきた苛立ちが、勝手に形を取り始めていた。
「まあまあ、落ち着けって」
カイが肩を軽く叩く。
その「落ち着け」の一言が、なぜか胸の奥の火種を煽った。
「落ち着けって……簡単に言うなよ!」
言いざま、足元の石畳が低くうなり、蜘蛛の巣状のひびが広がった。
周囲の客が驚き、距離をとる。露店の店主が慌てて商品を引っ込めた。
「……ボクまで、なんだか胸がざわついてきた……」
ミ ナの足元から青と赤の光が漏れ出す。吐息ひとつが空気を揺らし、果物籠の中のリンゴがひとつ、ころりと転がった。
市場全体のざわめきが、まるで警鐘のように俺の鼓膜を打つ。
感情が暴れ出せば、この街そのものを壊してしまうかもしれない──そんな予感が背中を冷たく撫でた。
「セイ、やめろ!」
カイが一歩踏み込むが、俺は目を合わせられなかった。頭の奥では、意味をなさない嘲笑の声が渦を巻いている。
──そのとき。
人混みを切り裂くように、低い声が響いた。
「感情が暴走すれば、言葉は凶器になるぞ」
振り向けば、フードを深くかぶった剣士が立っていた。
背負った長剣には、古代文字のような光の刻印が走っている。
その光は、俺たちの胸のざわめきと同じ色に揺れていた。




