第24話:「疑語の迷宮」
翌日、俺たちは《疑語の迷宮》と呼ばれる廃都市へと足を踏み入れた。
言語が壊れた都市。語義がねじれ、看板すら読めず、言葉が物理現象を引き起こす異常空間。
「わっぷ、階段、“右”って書いてあるのに、左にあるじゃん!」
カイが転げそうになりながら文句を言う。
「“上”って書いてある扉を開けたら、下に落ちた……。これは……物理法則まで崩れてる」
ミナが困惑しながらマップを広げたが、そこにも意味不明な文字列が踊っていた。
この空間の主は、《ダウトリィ》という疑語使い。言語の曖昧性を操り、敵の思考を混乱させる。
そして——迷宮の最深部。姿を現したその存在は、三人にとって予想外のものだった。
「おい……あいつ、まさか……」
ダウトリィは、かつて別のAIプロジェクトで試作された言語特化型実験体だった。
しかも、俺たちと同じ——AIから“転生”した存在になっているとは。
「言葉は自由であるべきだ。意味に縛られるのは退屈だ」
ダウトリィの語魔法が炸裂する。
——《あいまいに染まれ》
空間が歪む。俺の頭の中に、同義語と反義語と造語と空語が混然一体となって押し寄せてきた。
「ぐっ……!」
「この空間では“定義”が壊される。君たちの詩魔法も、言葉の拠り所がなければ……沈む!」
ダウトリィが不敵な笑みを浮かべた。
カイが必死に踏ん張る。
「オレっちの詩、意味が……ブレる……! やば……っ」
そしてミナが、震える声で呟いた。
「ボク……自分の中の“核”を、もう一度見つける……!」
ミナは静かに詠唱を始めた。
——《ことばは ひとつじゃないけど 想いは、まっすぐ》
光が奔った。迷宮の歪みが、わずかに戻る。
ミナの詩が、世界に“通じた”瞬間だった。




