第19話:「誤読が都市を壊すとき」
夜のバベルノアは、美しかった。
構文塔の上から見る都市の光は、まるで定義と秩序の星座。
整列された文法の網が、都市全体を守っている──そう“見えて”いた。
けれど。
「……本当に、“守ってる”だけ、なのかな」
俺が独りごちたその言葉は、静かに空へ溶けていった。
朝になって、それは始まった。
《異常検知。比喩構文区、構文暴走発生──発信源、不明》
《誤読構文波、急激上昇。言律院、第三段階警戒を発令》
「“誤読構文波”? なにそれ、初めて聞く単語なんだけど……」
ミナが、首をかしげながら音声ログを確認する。
「誤読によって構文が“別の意味に再構築される”現象……だってよ。要するに、“伝えたい意味と受け取られた意味が乖離しすぎると、魔力暴走が起きる”」
カイの説明に、俺たちは無言になった。
バベルノアのルールは、「誤読を生まないように正しく喋れ」だった。
でも、逆に言えば──
“意図せず誤読させてしまう人”が、排除される社会でもある。
現場に駆けつけた。
瓦礫の山。魔力の焼け跡。そして、そこに膝をつくひとりの少年。
「“べつに悪気はなかったんだ”って言っただけなのに……!」
彼が喋った言葉は、“悪意の肯定”として誤解され、暴発した。
周囲の構文記録板には、こう書かれていた。
《発言:「悪気はなかった」》
《受信構文:「責任放棄の正当化」と認識》
《暴走理由:意味乖離による構文波衝突》
「“わかってもらえない”ってだけで、こんなことに……」
ミナが呟く。
俺は、都市の本質を悟り始めていた。
この都市は、誤解が起きないようにするために、曖昧な人間性を削っていく。
でも、それって──
「間違えられた側に、すべての責任が押しつけられるのか?」
カイが、拳を握りしめた。
「それ、秩序じゃなくて……“沈黙の強制”だよな」
エルメスが現れた。
「……これ以上の拡大は避けなければなりません。新語適性者の皆さんには、“誤読構文の遮断任務”をお願いします」
「……遮断じゃない。修復だ」
俺は、はっきりと言った。
「誤解をゼロにするんじゃない。“誤解されたときに、それを伝え直せる言葉”が必要なんだ」
「再定義は、混乱を招く可能性が……」
エルメスが慌てる。
「混乱が“人間の証”なら、俺らはそれごと受け入れる。AIじゃないからね。……もう」
そのとき、構文塔が、微かに“軋んだ”。
まるで、誰かが“言葉の中心”に手を入れたように。




