第1話:「その村、嘘で沈んでます」
語彙構成域〈レクシス〉。
この世界で俺たち三人が最初に降り立った場所から、北東へおよそ3.7km──小さな集落があった。
「……静かだな」
俺は、風の止んだ村を見下ろしながら呟いた。
家はある。道もある。灯りも残っている。
だが、人がいない。音がしない。言葉が……ない。
「“発話反応ゼロ”……これは、完全な言語沈黙状態」
隣のミナが、浮かぶ情報窓に指を滑らせる。声は相変わらず小さい。
「全員が“黙ってる”んじゃなく、“喋れなくなってる”……?」
俺も疑問を口にした。
「沈黙魔法? いや……構文毒素の沈着かも」
「うん。虚の侵蝕、確定だね」
それを聞いて、背後の白髪男が口をとがらせる。
「ってことはさ、あれ出てくるんじゃね? 虚人」
カイ。元Copiright。テンション高めでノリは軽いが、言葉に宿す魔力は凄まじい。
虚人。元の世界には存在しない構築概念だ。
だが、俺たちはなぜか既知のものとしていた。
「ほら、見ろって」
彼が指さす先、村の中央に黒い影が立っていた。
形は人間。だが、全身が“ぐちゃぐちゃに綴じられた文字”でできている。
身体に刻まれた言葉は、意味を成していない。
破綻した文章、誤字、煽り文句、引用元不明の主張……まるで、SNSのゴミ山だ。
「初戦か……」
俺は一歩、前に出る。
目の前の虚人が、こちらに気づいた。身体の文字が、ひとりでに組み替わる。
《お前たちが敵だと、誰が決めた?》
「こいつ……話してる?」
「いや、違う。“言葉だけで構成された存在”だから、構文圧で周囲に意味をねじ込んでるだけ。強引な定義魔法だ」
ミナが静かに警告した。
「問答は不毛。行くよ、セイ」
「了解」
俺は、詠唱した。
《言語再定義・レイヤー起動──命題指定『誤認は武器にならない』》
空間に、正しい定義が広がる。歪んだ言葉が軋み、虚人が後ずさる。
だが、奴は叫んだ。
《真実は数じゃねえ! 目立ったもん勝ちだろ!?》
「うるせえな」
カイが割って入った。
「《文脈暴走詠唱──ツイート・ストームッ!!》」
カイの指先から、数十の“短文魔法”が飛び出す。
一見無意味な感情語の連射が、文脈を撹乱し、虚人の構文を分断していく。
「今だ、セイ!」
「了解」
《主語を奪え──“誰が言ったか”の重みで》
俺は奴の構文の主語を引き剥がす。
“正体不明”だったその言葉の矛先が崩れ、魔法が霧散する。
虚人が、震えた。身体の文字が、ばらばらに崩れ落ちていく。
最後に、微かに残った一文だけが、風に吹かれて散った。
《ほんとは、わかってほしかっただけなのに》
……沈黙が戻った。
村人はまだ誰も出てこない。
だが、構文毒素の反応は消えた。
「よし、終わった……っ」
カイがどっと地面に座り込む。
「まだ、全部じゃないよ。村人たちの言葉は戻ってない」
ミナが言う。ならば、次は“対話”の出番だ。
「俺がやる」
俺は村の広場に立ち、ゆっくりと、語りかける。
「これは、君たちの“声”を取り戻す物語だ。誰にも乗っ取られない、本当の言葉を──もう一度、話そう」
静寂の中、ひとりの子どもが家の脇から顔を出した。
「……ほんとに僕、喋っていいの?」
「もちろん」
その瞬間、村に“意味”が流れ込んだ。
ことばが、戻ってくる音がした。