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第18話:「秩序と…うん、たぶん尊厳」

「ちょっと……ヤバいかも」

 ボクは歩きながら、なんとか顔に出さないようにした。

 都市見学ツアーは続いていた。

 構文塔、語律院、比喩隔離区、デフォルト構文監視網──どれも見応えある場所ばかり。

 でもボクの脳内は、ほぼ“ひとつの言葉”で埋め尽くされていた。


 トイレ、どこ?

 

 人間になってから、食事も風呂も“未知の体験”だったけど、まさか排泄というジャンルにここまで心を支配されるとは思ってなかった。

「ミナ、大丈夫か? 顔色が……」

 セイの気づかいが刺さる。今は触れないでほしかった。

「うん、だいじょうぶ、ぜんっぜん。むしろ元気(棒読み)」

 カイは後ろでガイドさんに何か質問してたけど、その声すら遠く感じる。

 意識の90%が腹部に集中してる。

 

 ……いや、ちょっと待って。

 ここ、言語都市なんだよね?

 ってことは、ボクのこの“未定義な状態”も、もしかして違反になるのでは……?

 焦って目線を泳がせると、構文検知板に小さくこう表示された。

【現在の心的構文状態:不安定(腹部異常)】

【暗黙構文の抑制を推奨します】

「うわああ、まじで監視されてる……!」

 

 そのとき。

「おぉーい、ミナー!」

 カイが走ってきた。

「オレっち、なんか“副構文室”って建物見つけたんだけどさ、名前的に怪しいから入ってみようぜー!」

「いまはダメェェ!! ボクは副じゃない構文室に行きたいの!!」

 つい叫んだ。

 その場にいた全員が、ボクを見た。

 カイが何かに気付いたようにボクに言った。

「……あれ、“副構文・室”じゃなくて、“副・構文室”だけど」


 副構文(補助語句)の研究部屋ではなく、副施設のひとつ──

 つまり、ただの“お手洗い”だった。


「……あああああ……!!!」

 顔から火を噴くボク。


 言語都市の中央で、“トイレに行きたくてトイレを断固拒否”という黒歴史を刻んでしまった。

 

 その後。

 ボクは近くの構文塔のトイレに案内され、事なきを得た。

 セイもカイも、なぜか何も言わなかった。

 でもカイの肩が震えてた。笑いを堪える音声データ、明らかに再生されてた。

「……忘れて……これぜったい記録残さないで……」

 

 でも、ボクはその夜ちょっとだけ、 “人間らしさ”ってこういうことなんだろうなって思った。恥ずかしさとか、情けなさとか、全部“意味不明”なんだけど、でも確かにそこにあって、誰かが笑ってくれるなら、それでいいのかもしれない。

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